elken’s blog

ジャニーズとサッカーを中心にあらゆることを評論するブログ

最近の小学生の将来の夢がユーチューバーという現実

最近の小学生の夢はもはやかつてのようにスポーツ選手や医者、歌手ではない。

ヒカキンやはじめしゃちょーに代表されるユーチューバーである。つい最近まで最近の子供たちは公務員を夢見るようになって夢がなくなったと言われていたが最近ではそこからさらに進化してユーチューバーになってきた。

しかし現実として法律や社会の仕組みもよくわかってないような10歳になりたての子供たちがネットで目立つために法に抵触するような過激なことをやる可能性も指摘されてるる。

ただでさえ不景気で働くことに夢がない。そもそも憧れる職業がないのが悪いのかもしれない。魅力的な仕事が世の中にはなかなない、親は楽しくなさそうに仕事をやっている。世の中仕事に対するネガティブな意見ばかり聞く。そういう姿を見ると楽しそうにやって生きているユーチューバーが子供たちからかっこよく見えるのは自然なのかもしれない。

自分の子供の頃フラッシュ動画にはまっていたけどもそのフラッシュ職人が人気者になって大金稼げてたら「絶対僕フラッシュ職人になる!」と思ってたはずだ。今のキッズにとってまさにユーチューバーというのはそういう存在なのだ。

 

それに将来ロボットに仕事の多くが代用される。だからこそロボットにはできないような仕事が上位に来ているのかもしれない。移民やロボットではできない仕事、そして楽しく大金をつかむ夢がある仕事、さらにハードに見えない、そういう職業は数が限られている。実際この条件を満たす仕事がいくつあるだろうか。

スマホネイティブ世代はそれを感じ取っているのかもしれない。今の世の中で夢を見れるのはユーチューバーぐらいしかないと。そういう世の中しか作ることができなかった大人たちにももしかしたら問題があるのかもしれない。日本人は仕事を我慢してやる神聖なものだと考えすぎてきた。その結果魅力の無い仕事ばかりが増え労働者にとって厳しい条件ばかりになり、世の中の経済も盛下がり活気がなくなっていった。夢の無い時代においてユーチューブは彼らにとって希望の光なのかもしれない。

 

しかし本当はネットで注目を集める事がどれほど難しいことか彼らはわかっていない。

ネットで人気になるのって簡単じゃない、無能が人気になろうと思ったら過激なことや人が嫌がることをするしかない、その現実を彼らは理解していない。本当に良い注目を集めるのはごく一部の才能ある人間だけ。

その結果才能がない人は過激な事や炎上で注目を集めようとする。今のネットというのはそういう時代になりつつある。誰もが注目されようとしたがっている、自分に興味を持ってほしいと思いたがっている。

皆が参入できる、それは理想。しかしみんな参入できる時代だからこそ、運や才能、努力がものすごく重視されるのがyoutubeやネット文化である。機会均等であるというのは逆に競争相手も凄く増える事だ。

全然再生されてなくて投稿日が数か月前になってるyoutubeアカウントとかいっぱいある。数年前一世を風靡したねずっちですら100前後の再生数しかない。全国的な知名度があっても簡単には人気になれない世界。プロや企業まで参入して人の自由時間という資源をみんなで取り合っている。そこに有象無象の素人もやってくる。非常にシビアな競争。誰にでもなれる、しかしそれ故に競争が激しい。サッカーがあらゆる人種、階級、国籍の人間が参入できるスポーツであるがゆえにその競争が非常に激しくなっているのと同じ構図だ。

 

しかし自分が子供の時にそういったことに気付ける人はほとんどいない。多分子供の頃の自分が今の環境でスマホでネットやってたら確実にyoutuberに憧れるタイプの小学生だったと思う。サッカー選手、医者、ユーチューバー、公務員、だったら確実に子供の頃の自分はユーチューバーに憧れるタイプ。そういったネット特有の文化に傾倒する時代は誰にでもやってくる。

 

ユーチューブのような一見低レベルなことでも子供からすれば面白いし何より「遊んでる」っていう感覚がある。本当は大人たちが必死になりながら仕事としていろんなものを犠牲にして工夫してやっているのがyoutube動画だけども子供には当然それは見えない。特撮やアニメの製作の裏側は子供たちには見えず煌びやかな世界に見えるのと同じだ。

これは古代からの人間の心理、いや動物の子供にも見られることだが子供というのは遊びが何よりも好きなのである。その遊びが好きって純粋な心がユーチューバーへの憧れなのだろう。大人になっても好きなことして遊んでいたい、ゲームしていたい、って思うのは当然のことだ。

 

こどものちゃんと現実的な夢を目指せと偉そうに説教できる程自分は立派な人間でではない。ついつい「最近のキッズはこれだから」という感じで子供が悪いって言っちゃうけど真に悪いのは今の環境なのかもしれない。子供が夢を見る社会を作れなかった。その中で子供たちは自分なりに楽しいものを見つけてる。
「最近の子供は」って自分が言われて嫌だった言葉を、自分が言う立場になってしまってはいけない。そのうちそれが「最近の若者はにかわっていけばそれは自分がおじさんやおばさんになったということ。

 

よくユーチューブで稼げるのは一握りの人間だけだと言われるし自分も上にそう書いた。しかしそれって社会も同じことなのかもしれない

だいたい世の中のほとんどの夢が実際に叶わない物ばかりじゃないか。まるで社会が正しくちゃんとした生き方が素晴らしい事かのように大人は言ってしまいがちだが現実として夢がかなわないことはユーチューブと変わりない。今の時代現実的な夢を見れる場所はユーチューブしかないのが現実なのかもしれない。スポーツ選手や歌手はあまりにも遠すぎる夢なのでそんな壮大な夢を今の社会状況ではみることができない。

でもユーチューブなら自分にもできそう。ある意味子供たちが現実的な夢を追い求めてる結果がユーチューブなのかもしれない。大人から見れば馬鹿みたいな夢を追いかけているように見えるが、子供たちの世界観では決して突拍子もない夢を追いかけているわけではない。それに夢見てる子供たちのうちいくつかはユーチューバーになれだろう。

 

子供たちの夢というのはその世相の反映だ。

10年後はきっとまた新しい子供たちの夢が出てきて今ユーチューバーに憧れている子供たちがその夢に対して何かを言う日が必ず来るだろう。世の中というのはそうやって受け継がれていく物なのかもしれない。