elken’s blog

ジャニーズとサッカーを中心にあらゆることを評論するブログ

俺は過去に興味がない、興味があるのは今と未来だけだ

過去という物に執着しても何も生まれない。

今日よかったものが明日どうなるかわからない。このまま上手く行くはずだと思っていたものが停滞したり下がったりすることがある。

過去という物は何も助けてくれないし未来を保証するものではないんだ。

だから過去に興味を持っても意味がない、考えるのは今と未来だけにしたい。それはモットーにしていきたいと思ってる。

その時の成功なんて明日はどうなってるかわからない。

逆に今どうでもいいと思える事でも2,3か月後には花開くことがある。

今の成功に何の意味もないという考えが大事だし、昨日よかったのに今日悪いことを嘆いても行けない、もしかしたら明日は結果が出るかもしれない。そのためには今どうでもいいと思えることを懸命にやることが大切。今は馬鹿馬鹿しくたっていい、それが未来への布石になる。2,3か月後、2,3年後のために今懸命に黙々と種をまく作業に耐えられるか。すぐに芽が出なくてもいい、そんなすぐにわかりやすい反応があるわけじゃない。本当に育っているのか。土の中でどうなっているか見えないからわからない。

そういう時不安になるけどもあまり今に一喜一憂しすぎても行けない。なぜならば今いいように見えることも本当は何も意味が無かったり逆に今意味がないように見えることも本当は大きな意味を持つ布石になっている可能性がある。

今つぼみに見えて花が開きそうなものでも明日は風で吹き飛んでいるかもしれない。いわば蕾というのは過去の成功や今上手く行くだろうという目算である。そんなものに信頼性などない、少し上手くいった程度の事なんて何の役にも立たない。そこに慢心すればすぐにかっさらわれる、そして花が咲かない。そういうオチがある。ぬか喜び程危険なものはない。

 

誰しもが過去の栄光や成功にとらわれる。

過去の栄光や成功は現在と未来を保証しない。

しょぼい成功に人はしがみつきたがる。そして懐古する。

「あの頃」という物ほど快楽はない。

言う程人は他人の成功に興味がない。過去の成功が大きければ大きいほど、今とのギャップをみて笑う。

 

今何ができるか、それをもとに人は判断する。過去に興味名はない。自分だってそうだ、過去の栄光自慢程どうでもいいものはない。過去を語る人間ほど醜いものはない。過去を語る人間は現代戦線から落ちぶれた人間だ。美しく過去を語る人間よりも見にくく泥臭く現代にしがみつく人間の方がかっこいい。

「今」という事以上に説得力のある物はない。

人は前を向かなければならない。

過去の功績に誰もついてきてはくれない。

今やることで世界を変えなければならない。

今何ができるか、それが全てだ。

そして今ある素晴らしい物も一瞬で崩れ去る、長く続かない。一度それを体験すると今上手く行ってることに舞い上がらなくなる。また数日後には平日通りになる。三日天下という言葉有るがまさにその通り。継続することは本当に難しい物なんだ。

その時のリアルタイムの成功にすらシビアになる必要がある。

金メダルをとった瞬間に次の大会のことを考えられるかだ。もう走り出さなければならないし満足してはない、何もうれしくはない。そう考える必要がある。満足してないという言葉をその時に出せるかが勝負の分かれ目。

 

人生常に上手く行くわけじゃない。

楽しかったころはそう簡単には戻らないし、今日の上手く行ってることも明日は何もなくなってるかもしれない。慢心してはいけないし種をまき続けることを怠ってはいけない。何も結果が出ないことに耐えながら黙々と種をまけるか。極寒や灼熱の下で種をまく農夫のように頑張れるか。

人生は農業のようなものだ。長期的に黙々と耐え続け待ち続け行動し続ける。

ただそれ以外に解決方法はないのだから。