elken’s blog

ジャニーズとサッカーを中心にあらゆることを評論するブログ

FPSのスナイパー講座が凄い

ネットにあったFPSのスナイパー講座を見てみたけど人間技だとは思えないぐらいに凄い。スナイパーなのこれ?とさえ思うぐらいに凄い。FPSと言えここまで極めればもはや才能。Battlefieldcall of dutyのどちらもある。BFでもCODでも最強のスナイパーが存在する。

とにかくシンプルに凄いと思った。

もうこれ半端ないって~普通こんなんできへんやん、スコープ除いたと思ったらめっちゃヘッドショットするもん(大迫半端ないっての物真似)

とにかく反射神経凄すぎる。よくその標的が見えてると思うし、そこに合わせられるなと思う。自分はサッカーをよくみるけどこういった能力はすごいスルーパスやロングパスを出したり、わずかな隙間でシュートを撃つ選手とかと似た能力なんだと思う。

空間認識能力や判断能力の速さ。普通では見えてないとこに瞬時に合わせて狙う

狙ってあてるということは極めれば楽しい

それは狩猟本能に近いものだ。人間的当てが好きなのは原始時代からの本能である。

www.youtube.com

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そして自分がこういった動画を見て導き出した結論

FPSは上手い人のプレー動画を見て楽しむもの」

FPSに人生かける覚悟がないと楽しい思いはできない。

気軽に楽しくやりたい、美味しい部分だけ欲しい、って人はやめたほうがいい。

スポーツと同じどんなスポーツも死に物狂いの練習をしてる。実際やろうとするとハードなトレーニングが必要。ゲームも同じ。それにFPSは戦争ゲームだけあってマジで戦争。過酷なトレーニングを積み戦場に行かなければただ駆られてしまうだけであり嫌な思いをすることの方が増えるだろう。

人格破綻者しか生き残れない。

善人が活躍できる競技ではない。 

動画を見て自分もサクサク感を味わう、美味しい部分だけエンジョイ、それが究極のエンジョイ勢。最強のエンジョイ勢はもはや動画視聴だけで済ます。こういうゲームはよっぽど自分もやりたいって思う人じゃない限りやらない方がいいんじゃないかと思う。地獄を見ることになる。適当に始めて楽しめるような世界じゃない

人生の大事な時間を費やす覚悟がない限り楽しくない事の方が多い。

楽しくない時間、楽しい時間、それを天秤にかけたとき生半可な「楽しくやれたら」程度の気持ちでやると楽しくない時間、イライラする我慢する、耐える時間の方が多い。

それよりはそういう辛いことなしで、気軽に動画だけ見て、すげえええって美味しい部分だけいただくのが正解。スポーツもプロのスポーツみて楽しいでいい、それと同じ。

わざわざものすごいハードなトレーニングをする必要はない。

もちろんよっぽど好きで、それが人生の最高の楽しみだっていう人なら実際にやることはとても意義のあること。

たとえば自分の場合サッカーは実際にプレーするが、テニスは見るだけでいい。そういう割り切り方って人生が有限なことを考えると大事だと思う。極められない物や才能がない物はもうきっぱり諦めてする必要がないという考え方で開き直ったほうがいいだろうしやるにしてもものすごくド下手でいいくらいに思うのも大事。

たかがゲームに対してうまくないと恥ずかしいなんて思う必要はどこにもない。これって当たり前のことなんだけど、ネットではこういうことが馬鹿な意見になってる。でも改めて誰かが言わなければいけないことだと思うよ。

ゲームなんて上手くても誰からも褒められないしそんな簡単にお金になるわけじゃない。当たり前の事実だけども大切な事実。それでも本当にやりたいならばやればいいし、見たい時だけ動画エンジョイ勢に切り替えるのもありなのかなと思う。

 

どうもネットにはFPSが上手い事=ステータス、エイムやキルレ凄い事=自分の価値、みたいに思ってる人が多いように思える。ネットは一部の特殊な意見だけ目立ちそれが真実のように見えてしまう。でも冷静に考えてそこまでこだわる能力でもない。

自分自身そういう時期があった、射撃能力が高い事に凄いあこがれていた。

授業中に三角定規で射撃訓練してたもんね。でも気づくんだよ。現代は狩猟社会でもないし、射撃が凄い事は人から見てかっこいいわけじゃないし、金になるわけじゃない。誰も評価しない。

更に楽しいことは他にもある。それに本当に射撃を極めたいならエアガン、できれば実銃がいい。FPSFPSという競技であって、特殊な世界、特殊な能力、そこに特化した限定的な能力にすぎない

もしそれに過度な拘りを持ちすぎて苦しんでいる人がいるならば、何百時間を費やす前に気付いたほうがいいとも思う。いいんだよ、意識低く上手い人の動画で美味しいとこどりしてりゃ。世の中もっと効率よく楽しみを得られる趣味なんていくらでもある。厳しい修行を乗り越えてFPSをする価値がどこにあるっていう疑問も時には投げかける必要がある。それでもやりたいなら素晴らしいことだとは思う。それでも修羅の世界に飛び込みたい、厳しい世界で修行して「何か新しい世界を発見したい」という人がいるなら止めはしない。

 

ただ忙しい人間が無理に拘ってやるジャンルでもないというのはあると思う。ゲームに意識高い事なんて何の意味もないしかっこいい事でもない。

上手くなれば楽しいけどやられることが多いならいっそのことやめるのもあり。普通の人間はFPSで楽しめるようになるレベルに成長するほど時間を費やせないしその時間を他に費やしたほうがもっと楽しいことは得られる。

だからFPSが上手いことに憧れるとか、FPSやってる自分かっこいい、みたいなノリで簡単にやろうとすると人生を誤る。今始めようと思ってる人は見るだけでいいって言う考えを持つことも必要なのかなと思う。

FPSは上手い人の動画を観戦するスポーツ観戦のようなものだと思う事が一番時間のコスパがいいし効率がいい。

こういう動画を見て変に憧れない方がいいと思うしこの人たちは別世界に生きている、これを出来るようになろうと思う必要はない。リアル軍事のほうのスナイパー知識を得たほうがよっぽど役に立つ。FPSのスナイパー能力は別物でFPSにしか役に立たず披露する機会なんてゲームの中だけしかない。

 

それにもはやFPSはハードなスポーツと同じ。それなりに覚悟がなければいけない競技だしそれくらいのハードなことをするなら他に何かやったほうがいいのかもしれない。他の趣味の方がいいという言葉はナンセンスだけども軽い動機で選んじゃいけない趣味だとも思う。

どうしてもやりたいなら対人戦が至高という価値観を捨てて、意識低くキャリアモード、CPU対戦のレベルの低いモードでやったほうがいいと思う。ネットの「対人戦が価値のあること」なんてのは自動車のマニュアル信仰みたいなもの。実際そういうのを真に受けてマニュアル免許選んで苦労してる人は多い。といいながら自分はMTでとってるんだけども正直そこまで意味なかったなと思うし現状AT車乗ってる。

 

とにかくそういうネットの価値観に洗脳されて厳しいことをやる必要はない。自分が本当にいいと判断したときにやるべきであって、ネット住民の価値観に流されることはよくないと思う。よっぽどこだわりがある人じゃなきゃそういうのは向いてないし厳しいことをやるならもっと他にやるべきことがある。

大体、10代前の頃からFPSを初めて10年以上の経験があって一日中FPSやってるような人に、楽しめればいい程度に思ってる人が勝てるわけがない。そしてそういう奴らに勝つ必要性もどこにもない。よっぽどその厳しい世界に拘り感じて極めていきたい、FPSじゃなきゃ駄目だって人じゃない限りキツい時間時間のほうが多くなる。ゲームというものは楽して楽しむものだという考え方も現代では再評価されるべきなのかなと思う。

 

最近のネットに漂うFPSへの憧憬や信仰の雰囲気、それに異議を唱える。

過度なFPS信仰、対人戦信仰がネットしたての小中学生の人生を狂わせてしまうのではないか。自分の判断能力がある人は良いけどもネットの刺激的な考え方に影響されやすい中高生がFPSガチ勢の意見を盲信してしまわないかが心配な部分はある。ネット民が半ば冗談で言ってることも初めてスマホでネット民の意見に触れた小中学生はガチで信じるよ。

何より自分がそうなりかけたことがあった。本当にスナイパーとしての射撃訓練に憧れていた。自分の場合は実銃やエアガン、サバイバルゲームへの憧れだったけども今はゲームのスナイパーに憧れる人もいるかもしれない。

そういう人たちに対してFPSなんて意識低くていいんだよ、金にもならないし、価値のある人からは評価されない」という考えを提示したい。それでも本当に楽しいからやりたいってならばやればいいけど、ネットの価値観や一部のコアゲーマーの価値観って馬鹿馬鹿しいなと思うきっかけになればそれは素晴らしいことだと思う。

大事なことは自分の判断能力を養う事で人の意見に流されるべきではない。そしてそれはこの自分の意見に対しても同じ。あくまでここまで書いてきたことは自分の個人の意見であり一つのヒントになればいいとしか思ってないし押し付けるつもりもない。ネットの考えもこの記事の考えもいろいろ含めて自分で考えて判断する必要があるのかと思う。

そもそもネットってコアゲーマーの声が大きすぎると個人的には思うし上手い人や凄い人の意見が正しい事のように聞こえてしまう。それはある種ジョークな部分もあるけど、多感な時期にある中高生とかってそれを真に受けてしまう人もいるそういうのってよくないとは感じる。

10代の人たちに言いたいけどコアゲーマーやネットの価値観にあまり流されすぎないことが大事。何でこういう事を自分が言うかっていうと、自分自身10代の時にネットの価値観に影響されすぎたから。今になって気づくけどあれは狭い世界での冗談交じりの特殊な価値観だった。FPSやゲームに限らずあまりネットの価値観に流されすぎない方がいいし大事なのは自分の価値感や判断能力を育むことではないだろうか。

少々話が飛躍したが改めてこういう動画を見るとこれは「突砂」っていう一種の別競技で元来のスナイパースタイルとは異なる。ゲームで言う縛りプレイとか、あえて難しいことやるとか、自分なりの特殊なプレイをやるとかそういう物なんだなと思う。

 

そもそもスナイパーって芋であるのが本来の姿。体が不快な状況になってさえも動かない、それくらいの覚悟を持つのが本来のスナイパー。ゲームにマジレスするのも変だけどショットガンとかスナイパーライフルの価値観ってだいぶゲームでゆがめられてるよなと思う。ゲームの対戦で銃を知るのは間違った知識しか身につかないと個人的には思う。ゲーム内の性能や使い方は現実の銃とは全然異なる。

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憧れを持つきっかけになるのは良いけどどうも不思議な価値観FPSには多いと思う。

実際スナイパーに関してもゲームの世界で芋スナイパーはいけないみたいな風潮があるらしい。正直狙撃手に憧れずっと狙撃について勉強してきた自分はFPSの世界におけるこの価値観に戸惑った。実銃、実銃とかいいながら過去にはこのイラストのようにオリジナルスナイパーライフルを描いてる笑。この絵を描いたとき懐かしいなぁ。

 

それはとともかくやはり実銃のスナイパーとゲームのスナイパーは大きく異なる。ゲームでは前線に突撃していって貢献することが参加しているゲーマーを快適にさせるという価値観や迷惑をかけずに周りに貢献することが大事という同調圧力がある。

スナイパーというのはサッカーのストライカーに似ていて重要な一発を決めることが大事。それまで何の役にも立たず戦犯でも本当に大事な大事なものを一回決めきれば英雄になる。

ワンショットワンキルの世界、戦犯か英雄かその2つしかない責任ある世界。選抜射手やマークスマンライフルのような本職の狙撃手とは違う中間的な存在もあるけども基本的にスナイパーやストライカーというのはそういったポジション。

正直言ってこういう役割はゲームの世界ではなかなか再現できないことだと思う。

本来のスナイパーの姿からいれば凸スナというのはFPSならではの特殊かつ限定的な能力であり狭い世界の特殊な競技に過ぎない。本当に上手い人がやる特殊行為であり、かといってその上手いというのも重要なうまさではなく曲芸の域を出ない。よく実際のサッカーでリフティングの難しい技を出来てもただの曲芸師にしかならず活躍できないと言われるけどもそれと同じ。

FPSの価値観は実際のスナイパー像とはかけ離れている。

本当にスナイパーという物に憧れるならそもそもFPSなんかやるよりスナイパーについて勉強したり、最近のエアガンは本当に高クオリティなのでスナイパーライフル型のエアガンを買ったほうがよっぽど憧れの狙撃手に近づける。

もちろん理想はエアガンなんかより実銃でしかも軍用。

たしかに凸スナのこういった技能は純粋に凄い。

逆にこのスピードでスコープ除くという難しいことをわざわざやってるんじゃないかと思う。ただ実際のスコープは見ればすぐ適切な距離にあるわけじゃない。目とスコープの距離が1cmでも違うと見え方が違う。もちろんそれが狙いにも影響する。

更に言えば確実にFPSの狙いはまっすぐ飛んでくれるが、実際のスナイパーはスコープを微妙な単位で調整することも大事だ。引き金の引き方、ストックの持ち方、呼吸の仕方、スコープの調整、風の読み。これはエアガンでさえ重大な影響をもたらす。実銃は2000m級の距離になることもあるからもっと深刻だ。

こう言ったことをちゃんとやるなら自分が銃を使い慣れて理解する必要がある。

ずっと1つの銃を使い続けて、銃の個体差を理解する必要があるし、スコープの調整も日によって微妙に調子が異なる。FPSではこういう調整が完璧に済まされている。

更にボタン1つでスコープモードにすれば適切な距離に固定されている。だからこそこういった早撃ちができる。こういうものはFPSの世界の特殊な競技でありFPSだからできる行為、実銃とはまるで違う物に過ぎない。

SVDドラグノフレミントンM700,PSG-1,L96といった実銃に憧れて本当にスナイパーかっこいいって憧れてる人はむしろこういうFPSに触れないことの方がいいかもしれない。スナイパーに対する価値観がFPSの世界では大きく歪む。

ディスカバリーチャンネルでスナイパー訓練アカデミーの番組を見たり、スナイパー関連の書籍を熟読する。実銃で本当に狩猟をやってる人のブログやサイトを読む、シモ・ヘイヘやヴァシリ・ザイツェフについて真剣に調べるということの方が大事だ。

 

FPSの世界では前線に加わることが至高の価値観という同調圧力がある。

これは日本社会特有の「仕事してる感」「労働に費やした時間」「人のためにやる美徳」みたいなものが重視される風潮と酷似している。

サッカーのストライカーもそうだが、時としてエゴイストと誤解されることへの孤独や失敗したときの責任、その一方で戦いを決定づけるたった1度の強烈ない一撃、そういったものが魅力だ。よくサッカー界では日本の育成や価値観では強力なストライカーが登場しないと言われるけども、日本の価値観でも有能なスナイパーは現れないかもしれない。

「2試合に1得点という私の記録は,けっこういいように思われるでしょう。けれど、よく考えてみてください。3時間に1点しか取っていません。ほとんどの時間、私は退屈しイライラしながら、いいパスを待っているのです。」

イングランド代表のリネカーの言葉からもつ合わるように「重要な一発に拘る世界」というのはこういう世界。スナイパーもストライカーと同じ地味に何時間もいろんなことを我慢しながら耐えきる忍耐力のほうが大事。

 

ストライカーはたいていの時間ボールに触れず無駄走りで過ごしている。スナイパーもただ芋虫のように寝転んでいるだけに見える。こういうものは誤解されるがちだ。

頑張っている雰囲気みたいなものとは対極にあるにあるのがスナイパーやストライカーの世界だ確かに学校や生産性の低い職場では頑張っている雰囲気が大事にされる。皆のために貢献している雰囲気を装うことが人から評価される。結果を出せていなくてもなんとなく頑張っている雰囲気を出せば許される。

 

その一方で重要なことを狙っていても受けの悪い雰囲気を出していれば叩かれる。これは本当よくない風潮や価値観だと思う。スナイパーやストライカーは少し無能なら鬼のように叩かれる一方で責任の薄いポジションは少し無能でも目立たない。なんとなく集団の中で頑張っている雰囲気をだせば責任を逃れられる。ストライカースナイパーはもっとリスペクトを集めるべきでありこういった苦労にも注目が集まる必要があるかもしれない。いやリスペクトまでいかなくても理解される必要がある。スナイパーというのは銃の世界でも特殊ポジション。

 

もっとはっきり言えば「頑張っている雰囲気を出す無能」のほうが「サボる有能」よりも評価される傾向があるのはいけないということ。

 

特に学校教育はその傾向が強い。スポーツの現場でも、アリバイ守備や数値上の走行距離だけが重視されたりする。そしてそういう風潮の中で生産性を重視せずに育った無能が実際のシビアな世界で苦しむ。もちろんこれは自分のことだ。意味のない頑張り、姿勢を過度に重視した育成は本当にこの社会の諸悪の根源だと思う。それは学校、スポーツ、ありとあらゆる育成において言えることではないだろうか。

 

話がだいぶ個人的な主張にそれてしまったが結局ゲームでも実銃でもなんでもとにかくスナイパーはカッコいいという事である。元々はその動画に感動したからこの記事を書こうと思ったし動画内容は非常に凄かった。そしてやはり実際のスナイパーもかっこいいしスナイパーというポジションが人気になるならとてもうれしい事だと思う。

責任があるゆえに面白くかっこいいのがスナイパーではないだろうか。