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elken’s blog

ジャニーズとサッカーを中心にあらゆることを評論するブログ

サッカーファンはなぜ自分が見てた頃のサッカーを美化するのか

サッカーというのはノスタルジーを掻き立てる物であるのかもしれない。

サッカーはノスタルジー無くしては語れないのだ。

あの頃のサッカーは美しかった、あの選手は凄かった・・・人は皆そう語る。メッシよりもブラジルのロナウドの方が破壊力があった、ロナウジーニョのほうがファンタジーがあった、マラドーナやペレの頃の方がフィジカル的にタフだった。そうやって皆昔を懐古し美化する。

そして自分はそういう文化が好きだ。

語り継ぐ美しさというものがサッカーにはある。その話を聞いて昔はどんな世界だったのだろうかと想像をするのが楽しい

「美しかった」「凄味があった」みたいなものは確かに主観かもしれない。しかしこのスポーツは主観無くしては語れない。データだけですべて語り終わってしまう程無機質なものもない。自由に語る、好みで語ることができるのもこのスポーツの面白さ100人いれば100通りの意見がある、主体的なスポーツ文化である。

特に元祖ロナウドファンがこういった言葉を使いがち。

客観的なデータを見ればメッシの方が明らかスーパープレーの数が多い。ロナウドの一生分のスーパープレー動画をメッシは1シーズンで作れる。ロナウドは4人抜きゴールまでしかないがメッシは5人抜きを何回もしているというデータもある。

しかし元祖ロナウドファンはロナウドのほうが一人で何とかできていたと語るのである。実際一人で戦術を破壊して守備をぶち破ってゴールができるのはメッシである。

全盛期限定ならメッシより凄い理論も、メッシの全盛期ありならメッシの全盛期ももっとすごい。しかしそういった議論もまたサッカーの醍醐味である。

恐らく自分も6人に抜きゴール決めて60ゴール決める奴が出てきたら「メッシの方が凄い」って言い出すんだろうなって思う。いずれ自分もそのように語る時が来るのだ、そしてサッカー文化は受け継がれていく

 

他に美しい昔のサッカーと言えばユーゴスラビア代表も多くの懐古ファンを引き付ける。

分裂しなかったら、FIFAの制裁がなく参加できていたら、アルゼンチンにPKで買っていたら、紛争が無かったら。そういったイフによって美化されるのが旧ユーゴ代表だ。サッカーからユーゴスラビア代表がいなくなってさびしいというファンも多い。自分自身は最近のサッカーファンなので現役時代を知っているわけではないが、現代のユーゴ系の選手が凄いのを見るとこの選手たちがまとまっていたら凄い強豪国だろうなぁと思わなくもない。

現状でもクロアチア代表が強くタレントが揃っているがそこに他のユーゴ諸国の選手を混ぜればメンバーだけなら世界最強クラスになり得る。やはりユーゴ地帯は名選手の産地だ。

特に全盛期のストイコビッチ、ボバン、スケール、サビチェビッチといったファンタジスタが揃っていた時期。この頃はもはや神格化されている。

自分自身元々共産圏とかユーゴスラビア好きだからなおさらその部分に惹かれる。もしユーゴスラヴィア代表が完全に力を発揮するチャンスを与えられていたらと思うと非常に惜しい。ユーゴスラビア代表はサッカー界の宝であった。その旧ユーゴ諸国でもすでにユーゴスラビア懐古のカフェとかバーみたいなのがあるらしい。

サッカーだけでなく旧ユーゴというのはチトーが率いていた時まではとても美しかった。東欧の多民族国家ソ連ともアメリカともつかず離れずで渡り合ったユーゴスラビア連邦共和国にはどこか懐かしさを感じる。

サッカー関連でユーゴ諸国に行く系の取材とか本当に面白いからちょくちょく見るのも自分の中で楽しみだったりする。オシムの出身地だしユーゴには何か本物のフットボールがあるのではないか、そう感じさせられる。セルビアリーグやクロアチアリーグを一度生で見に行きたい。

ちなみにかつてユーゴスラビアリーグが凄くてそこから数々のファンタジスタが誕生したのはサビチェビッチ曰く「あの頃のユーゴは28歳まで国外移籍を禁止していた」からだそうだ。社会主義時代だからなせる技かもしれないしそれゆえにまた一層の浪漫がある。ちなみにその情報は「80年代ー90年代のフットボールはなぜ美しかったのか」というタイトルのこの本に書かれていた。

こういう雑誌が発売されるのがまたサッカーの良さというか文化だとも思う。サッカー界においてノスタルジーは1つのコンテンツになっている。

ユーゴスラビアとは少し違ってくるがソ連とかも懐古として面白い。

70年代ソ連とか凄そう。

もしソ連が続いていたらソ連代表とか強かったのだろうか。実際のソ連代表はオリンピックでは強かったけどもサッカーでは昔のユーロで一回優勝したぐらいの実績しかなくほとんどがウクライナ人だった。もしソ連があの国力でサッカーに力を入れていたらどうなっていたのだろうか。そんな想像をしたくなる

もはや自分が体験してない時代どころか、自分が言ったことすらない国すら懐古

「70年代のソ連懐かしいよな~」

その時代実際知らないし、現代ロシアにすらいったこともないけどそうやって人々はなぜか過去を美化したがる。特にソ連やユーゴのように失われてしまった存在を人々は懐かしむ。

 

・1974年のオランダ代表

・1988年のユーゴスラビア代表

メキシコ五輪の日本代表

個人的にこの3つは美化したい。実際に見たわけでもないけど何か惹かれるものがある。時計仕掛けのオレンジは美しい敗者だった。そういった浪漫も含めてサッカーファンは過去を愛する。

ユーゴスラビア代表については前述のとおり。そしてメキシコ五輪代表の日本代表は日本でサッカーがほとんど発展していなかった時期にこういう結果を出したことの伝説性。よく日本サッカーのドキュメントでクラマーが釜本や杉本と一緒に基礎基本から訓練したという話を見るけど、そういう昔の雰囲気が想像してみるとワクワクするし、戦前も何かの大会でスウェーデン代表を破った大会があったはず。そういう過去の伝説もワクワクする。

自分の体験したことのない時代も現代として生き続ける、それがサッカーの良さなのだ。

甘美なフットボールの思い出はそうやって今日も語り継がれるのである。