elken’s blog

ジャニーズとサッカーを中心にあらゆることを評論するブログ

最近の日本ってわりとシビアな階級社会だよな

この国では一度レールから外れると人生終了である。もしくは負け組の家に生まれれば高確率で負け組確定コース。

勝つレールに乗ってる奴がずっと勝ち続ける。決まりきった階級社会。

勝っている人間はそんなことないと反論するが、それは勝っているものの意見だ。一部の逆転劇だけをとりあげればいくらでも可能性にあふれた社会のように聞こえるがそれはごく一部。

結局運や才能、階級、出自、幼少期の教育などが人生を左右する。

どうやら自分は負け組らしいということに最近自分は気づき始めている。負け組ブログ、底辺ブログである。生きる気力も最近ではわいてこない。日本社会ってシビアな階級社会なんだなと気づいていろんなことに無気力になってくる。

 

負け組に残された手段なんてほとんどないに等しい。社会の最底辺を這いつくばって惨めに人生を生きて行けよというのがこの社会の構造である。若者が結婚しないだの消費しないだの言われているがこの状況で何ができるのだろうか。

上が消費しないから若者世代もお金が回ってこず消費できない。上が一番お金があるはずなのだから積極的に消費してくれよと若者は思うが実は上の世代もお金がない。オンボロの軽自動車に乗っているおじさんやおばさんは多い。

 

昔は一億総中流社会でみんなそれなりだった。新自由主義の今はその一億総中流の幻想が崩れている。勝てるものはどんどん勝ち、負けるものはどんどん負ける。そうやって競争社会から取りのこされたり脱落した奴が山ほどいる。

有象無象の負け組の上に一部の勝ち組が立っている。

今その有象無象の負け組に自分はなってしまった。明るい将来を思い描き、夢にあふれていた自分はどこへ消えたのやら。希望を失い、社会を恨み成功を憎む。そんな見にくい心の持ち主が完成した。貧困や貧乏で頭がおかしくなった。

貧乏にさいなまれる生活、先行きの見えない人生、常人の心を無くしていく。誰も手を差し伸べてくれない虚しい孤独の人生だけが待っている。負け組になってしまえばもう這い上がれない。

シビアな日本社会で今自分は苦しんでいる。

 

生きていくだけで辛い社会。ネットではどうしても勝ち組の意見ばかりが目立つ。勝ち組の意見は強い。だから頑張らない奴が悪いと負け組叩きが始まる。昔のネットは負け組のたまり場だったが今は勝ち組が大きな声で闊歩するのがネットだ。

ネットすらリア充じゃなきゃ使えない物になった。SNSの自慢大会化などはその象徴だろう。この日本社会の中で上位層の人間にしか発言機会がなくなってきている。

どんどんどん負け組や敗者にとって居心地の悪い場所になっていく。みんな恥部を見せたがらない。ザクイズショウというドラマではその恥部を解き明かすような内容だったが、現代人にとって恥部は絶対に見せてはいけない物になっている。

世の中そうやって恥ずかしい自分を隠し続けて、負け組だという事の出来ない者が大勢存在するはずだ。勝ち組にしか発言権の無い今のネットで居場所がなく苦しんでいる人がいる。

 

そんな人にとって自分のブログがせめて救いになってくれたらと自分は底辺生活記事のようなものを描いている。だんだんとネットからも負け組の居場所がなくなっていく。みんなが自分を取り繕っていい場所だけを見せようとしている。

シビアな階級社会がますますそれを助長しているのかもしれない。歪んだ階級社会の中で病的に周りを気にしている、子供から大人まで皆がそうだ。

そんな中で勝者だけが生き残る。

その歪んだ社会からはじき出された自分のような底辺には居場所がない。ただ使役されこき使われ、馬鹿にされさげすんだ目で見られ夢も希望も見いだせない。そんな人生だけが先に待っている。

負け組と勝ち組をはっきりとわける現代社会の中ではじき出された敗者はどうすればいい。先行きの見えない人生だけが続いていく。

このシビアな日本社会で今日も自分は葛藤している。

せめて明日は良い日になってくれと願うのか、それとも今日さえ生きられればいいと願うのか。その感覚すら最近はよくわからない。貧困で完全に頭がおかしくなってしまった。貧困は人を歪ませる、これだけは間違いない事実だ。貧困でいる限り自分は昔の様には戻れない。だけどなかなか抜け出せない。一度落ちぶれるともう這い上がれない、そんな中でどうしていけばいいのか。今自分には社会を憎むことしかできない。

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