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elken’s blog

ジャニーズとサッカーを中心にあらゆることを評論するブログ

ユーチューバー叩いてる奴は嫉妬←これwww

ユーチューバーというくだらない奴らが流行っていてもはやそいつらに信者がいる時代である。擬似的に友達感覚を満たしたい哀れな奴がユーチュバーを見て時間を過ごしている。

日本のユーチューバーのほとんどが海外のパクリであり劣化でしかない。英語で検索することすらできない日本語しか使えないお馬鹿な連中が持てはやしているのだ。

民度が低い投稿者には民度が低いファンしか集まらない。自然の成り行きだ。

ファンを見ればその人がもてはやしている人の民度もわかる。

残念ながらユーチューバーファンは民度最底辺であり、それゆえにユーチューバーの民度も低いことがわかる。現に炎上動画やグレーな行為を行い金さえ稼げればいいという無法ユーチューバーが後を絶たない。要するにそのレベルであり、集まっている奴らもそのレベルなのである。

 

そしてこんな感じでユーチューバー叩きをすれば必ずこういう奴がいる「ユーチューバー叩いてる奴は嫉妬」という反論だ。

気に食わない奴は何でも嫉妬認定すればすっきりするのがこういう頭の悪い奴らである。「嫉妬だ!」という言葉は頭の悪い人間の常套手段である。

ここでは一歩ゆずって自分がユーチュバーを嫉妬で叩いてるという事にしよう。ユーチューブという動画サイトを快適に使えなくなったから自分は叩いているわけだが、嫉妬心がないと言えばそれは嘘になるだろう。

なぜならばユーチューバーは自分に無いものを全て持っている。その部分について嫉妬することは事実だ。

 

しかしこの手の批判、ユーチューバー本人に嫉妬だと批判されるならばよろしい。

だが信者が嫉妬だと認定する、てめぇはダメだ。自分は自分のやり方で勝負している。だから同じく勝負してるユーチューバーに勝者の立場で批判され見下されるなら敗者として受け入れられる。

ただ自分では勝負せず勝者の取り巻きのような連中に嫉妬だと批判される筋合いはない。そんな奴らは虎の威を借る狐である。本人でないにもかかわらず嫉妬認定をする人は自分では勝負せず他人の権威で勝負する無能だ。それで勝った気になる精神が幼稚である。

 

例えば自分はジャニーズファンだ。しかしジャニーズを叩いてる人のことを「ジャニーズを叩いてる奴は嫉妬」というような言い方はしない。それで自分が勝った気になっても虚しいだけだし、自分で勝負してないのに嫉妬だと認定することが精神的に幼い行為だとも理解している。

これが自分本人がジャニーズならば「僕らを叩く奴は嫉妬」というだろう。しかし自分はあくまでファンでしかない。ファンが偉そうにしてはいけないし迷惑にもなる。だから自分はジャニーズ叩きに対して嫉妬認定することはしない。

 

しかしユーチューバー信者にはどうもそういう民度の低いファンが多いようである。さすがはキッズ層や低年齢層が主体のコンテンツである。頭の悪いキッズが今ユーチューバーになると憧れているようだが非常に馬鹿馬鹿しい。

もう今の時代プロスポーツ選手や芸能人になることより難しいのがユーチューブの世界だ。人気商売というのは魔物が潜む。誰でもなれるわけじゃないし決して簡単なことをしているわけじゃない。

 

そういう意味ではその厳しい世界で勝ち残ったユーチューバーを尊敬しないことはない。彼らは民度の面で低い部分はあるが、人の注目を集める才能はある。更に言えば実際人気を維持したり動画を制作することは並大抵の努力でないことも知っている。

批判するだけでなく認める部分は認める、それができるのが人間として求められることだろう。それゆえにユーチューバー信者もユーチューバーアンチの意見に理解を示す事が必要だ。

「そういう意見もあるんだな」と柔軟に考えを広げることが大事。批判意見は一切認めないというのはカルト宗教と同じである。

自分はジャニーズに対する批判を目に通して読んだりすることがあるが、別にそれでキレたりするようなことはない。世間にはそういう意見があるんだな、でも自分は好きだからそれでいいという考え方ができる。

残念ながらそれができず批判に対してすべて嫉妬認定してしまう精神的に幼い人も世の中には存在する。嫉妬認定とはそれゆえに頭が悪く、精神的に未熟な人間の常とう手段なのである。

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