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elken’s blog

ジャニーズ、サッカー、軍事、創作などあらゆることを評論するブログ

サッカーの観戦文化は「スマホ」で変わるのか?

サッカー 考察 オワコン

今サッカーの世界に激震が走ろうとしている。

DAZN(ダゾーン)の参入によりサッカーの視聴方法や観戦文化そのものまでが変わろうとしている。JリーグがスカパーではなくDAZNと大型契約したことによって始まった騒動は賛否両論含め様々な意見を呼んでいる。

そしてこれは始まりにすぎないだろう、これからサッカーは放送ではなく配信の時代になる。従来のような放送型の提供ではなく配信型の提供になることでサッカーの視聴文化が大きく変わるのだ。

 

まず従来のテレビ型放送との最大の違いが録画を出来るかどうかの違いだ。

ダゾーンでは見逃し配信ということで試合後1週間の間は自由に見ることができる。しかしこれが従来の録画という方法では保存しておくことができないのだ。そのため従来のサッカーファンやサッカー関係者の多くがこの点について指摘している。

自分自身サッカーの試合は録画でかなりためておくタイプであとから録画で見ることがかなり好きだったりする。球技や知っている試合内容をもう一度見て何が楽しいのかという人もいるかもしれないがサッカーはマニアックに試合を分析するタイプのファンが多いし、特にサッカージャーナリストなどは録画での分析が何度も必要になる。

またサッカーの現場においても録画した試合は教材として使われることがあり録画ができないことは非常に不便なのだ。1週間という短い制限期間ではすべてをカバーすることができない上に数年後見ることができない。2,3シーズン前の試合を懐かしみながら見ることが好きなファンも多くいるのだ。

 

更にこの機能の場合早送りは可能なのかという問題も出てくる。テレビの種類によっては既存の録画機能でも早送りはできないが機種によっては1.2倍~2倍の間で詳細な早送りが可能なこともある。自分はこの機能と組み合わせて、1日に何試合も見ることが多いので早送りができない配信だけが主流になれば時間の限られたサッカーファンにとっては不便になるだろう。今後見逃し放送に詳細な早送りオプションがつくことと、録画機能が付くことが無ければ自分はこの配信文化の波に乗れず、旧来のテレビ型放送の限られた試合しか見ないようになっていくかもしれない。

そしていずれその旧来のテレビ型放送が駆逐された場合家で見る試合がほとんどないという事も考えられる。

 

そして次に映像の画質と安定性の問題だ。

放送型の場合はいくらその試合に人が集まっても遅延することはない。しかしこういったネット回線による配信の場合多くの人が集まったビッグマッチの時は回線が混雑し映像がカクカクすることがある。

配信できる試合そのものの種類は多くなるというメリットが多くある一方で、人気が集中するビッグマッチでは映像が安定しないという事もある。

画質に関しても安定した回線でテレビ出力をすればかなり高いらしいがやはり最新のHD映像で高画質の試合映像になれたファンにとっては物足りないに違いない。4Kテレビが登場しこれからますます映像がクリアになると思われたところに、配信型の放送が主流になれば高画質でサッカーをみることを楽しみにしていたファンにとってはダメージだ。今後放送型は少なくなることはあっても増えることはないだろう。その内放送型はオワコンと呼ばれる時代が来るかもしれない。

しかしここにはいくつかの反論がある。

そもそも録画に関しては案外見ないという事である。録画してあるからいつか見れるという安心感が逆に市長から遠ざけてしまう。今日は疲れたから見るの録画で済まそうと録画したきり1年見ていない試合などいくらでもある。いわば録画魔であり録画をしたことで見た気になっているタイプは非常に多く、自分自身これに当てはまる。録画で満足すると映像を所有した気になってただの映像コレクターと化するのだ。

更に言えば録画を消費することだけに一生懸命になりその内最新の試合を追わなくなるという事も考えられる。それよりは一週間のみの試合に絞ってみるDAZNの配信型スタイルの方が結局いいのではないかとも考えられる。

結局数シーズン前の試合をわざわみたり早送りをして分析をするサッカーファンはごく一部でありその一部のファンを重視しすぎて観戦文化が停滞しているのであればそれは良くないことかもしれない。過去のスタイルに固執するファンに合わせすぎることは良くないと様々な文化が教えてくれる。

いろんな映像ジャンルが配信型に参入し、もはやわざわざテレビの前でしっかり座ってみる事自体が逆につかれる面倒なものになってきている。

既存サッカーファンは「テレビの前に座ってサッカーを見なければ見た気がしない」というがいずれこの意見も古いものになっていくだろう。自分自身はそのタイプであるが、もし配信になれれば配信の方が気軽に見れるという意見に変わっていくかもしれない。

 

画質に関してもその気軽さが従来の画質の良さというメリットを上回るだろう。

例えば今日本ではコンシューマーゲームよりソーシャルゲームの方が人気だ。家でしっかり構えてやるテレビゲームより通勤の空き時間や休憩時間にやるソシャゲなのだ。ガチのゲームファンは「なぜソシャゲなんかのしょぼいゲームをするのか」「コンシューマーのほうがクオリティが高い」言う。しかし一般の多くのゲーマーはそれほどクオリティを求めておらず、無料でどこでも気軽にやれるソシャゲの方が楽しいのである。テレビゲームはもはやそろえるものが多すぎて値段も高い敷居の高い物なのである。

それに対して多少クオリティが低くてもどこでも見れて無料で、既に持っているスマホ出始められるソシャゲは便利。最初ゲーム課金は反発にあっていたが、手軽に初めて面白いときだけ課金をするという簡単さはあっというまに普及してコンシューマの市場を駆逐した。

 

それとまさに同じことがサッカーの観戦文化においておこるだろう。

スマホやソシャゲも最初多くの人が懐疑的だったがあっという間に移り変わりむしろ最先端の物になった。

「こっちのほうがクオリティが高くて凄い」という商法はもはや通用しない。

サッカーにおいても「放送型の方が画質もよいし録画もできる」というメリットはそれほど新規ファンにとっては重視されないようになるだろう。

今の日本人にとって安く手軽で済ませられることが一番なのだ。日本人は徹底したカジュアル重視の国民である。車も昔は軽はダサいという時代だったが今は男性でも当たり前に軽に乗っているし自分も移動手段としてわりきって軽である。ガチガチの昭和の時代を体験した世代の人でも当たり前に軽の車に乗っている姿はもはや日常の光景だ。

拘らない人にとっては最低限の物が揃えばそれでいいのである。拘ってる人からすれば物足りない物であっても拘ってない人にとって見れば十分なのだ。今の時代にガチなことやクオリティの高い事の良さを打ち出しても誰も見向きもしないのだ。

サッカーの試合も拘ってる人は高画質で録画ができるという放送を重視するが、誰もがそこまでガチにサッカーを見たいわけではない。

皆がいい車を乗りたいわけじゃないし、みんなが凄いゲームをしたいわけじゃない。

てっとり早く今の経済状況で乗れる車や今の環境でできるゲームを優先するし、サッカーもそうなっていくだろう。DAZNは月に2000円以下で見ることができる。Jリーグも海外サッカーも見れるし他のスポーツも見れる。1週間見逃し配信があるので録画用にディスクを増設する必要もない。そして端末があればどこでも見ることができる。ファストフード店で端末を見ながらサッカーを見たり、通勤中にサッカーをみることがこれからのスタイルだ。

もはや現代人にとって家の中でテレビと録画用ディスクをそろえてがっつりサッカーの試合を見るというのは面倒な時代なのだ。

みんながどこかの空き時間に簡単にスマホで見れる物を重視する時代になった。

がっつりと凄い物を見るという事はカジュアル重視の今の日本において時代遅れになりつつある。電車の通勤中や、ファストフード店内での時間つぶしにサッカーが見れるようになればむしろサッカーの普及という意味ではありがたいことだとも考えられる。

 

自分にとって最も都合のいい時間に、好きなことをするのが現代人の平均的ライフスタイルという時代になった。そういう意味で自分がまさに暇をつぶしたい時に現代人の多くが常に持ち歩いているスマホですぐに見れるこの新しいサッカー観戦スタイルはサッカー文化をも変えるだろう。

今まで「がっつり見る型」のファンしかいなく半ば停滞していたサッカー界に、「カジュアルに見る型」のファンが参入する見込みがある。サッカーはなんとなく見たいと思っていたけど今までのやり方はどこか面倒で高いと思っていたファンにとって、カジュアルに見れることはまさにソシャゲや軽の車のようなものである。

 

これからがっつり揃えていろいろと高い有料契約を複数してしかも家にいる時しか見れないという従来の観戦文化は古いものになっていくだろう。もう今テレビゲームをそろえて高いソフトを買って、わざわざ家でゲームをやるということがゲームマニアだけのものになったように、これから家のテレビ環境でわざわざサッカーを見る人はかなりコアなサッカーマニアだけのスタイルになっていくのではないか。

今最も重視されるのはカジュアル性である。

クオリティが高いが敷居の高い物よりも、クオリティは低くてもいいからとにかく手軽にやりたいという時代だ。

娯楽があふれて競争するコンテンツが多い今、サッカーがそのカジュアル性を選ぶことはもしかしたら好手かもしれない。