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elken’s blog

ジャニーズ、サッカー、軍事、創作などあらゆることを評論するブログ

ハルヒ二期のエンドレスエイトって今考えても狂気だよな

アニメ オワコン 懐古や旅情

涼宮ハルヒの憂鬱という作品を今評価するならば多分に実験的要素を打ち出した作品であり現代アニメのエポックメイキング的な作品と評することができるでござるな。

涼宮ハルヒから今のオタク文化のトレンドが始まったと言っても過言ではないでござるよ。

というようなキャラの濃いオタクも最近は減っている。

オタクの新しい時代を作り、同時にオタク文化を終わらせたのもハルヒだろう。

まずハルヒ一期最大の実験的要素は1話から順序立てて放送していく形式にはしなかったという事だ。自分自身初めてハルヒを見たときは戸惑った。そして思ったのが結局そういうトリッキーなことはせずに1話から順序立てて放送した方が良いという事。ハルヒ一期自体は今も伝説として評価されているがこの要素だけは結局それほど評価されずその後この形式が流行ることは一切なかった。わざわざウィキペディアで本当の順番を調べて順序立てて見る手間が増えただけだった。

 

ただ作品内容やその作品が起こした現象自体は新時代のオタク文化の幕開けであった。

このハルヒの後急速にライトノベル的な作品は増えていき、学園ものの新しいスタイルを作り上げた。「非日常アニメ」と自称していた作品であったが、日常の中にどれだけ日日常アニメを仕込めるかというジャンルでありそのSF的な作りは一見普通の高校生の日常アニメとして見始めた中高生の度胆を抜いた。今見てもそのつくりや話自体は非常に面白くライトノベルの新しいトレンドを作り出したことに関しては間違いない。

 

そして同時にオタク文化の新しいトレンドも作り出した。当時のネットでは本当にハルヒは大正義であったしまだネットではオタク文化が中心だった時代。ハレ晴レユカイが流行り、それをオタクが真似して踊るというようなトレンドを作り上げた。そのブームは最近の小粒化された深夜アニメと違い非常に大きなトレンドであり、意外な人が結構クラス内でも見ていたり芸能人も「ハルヒ知ってますよ」的に話す人が多かった。

ハルヒの時からアニメを見始めたファンも多く数多くの中二病を作り出した。今ではすっかりオワコンもオワコンのハルヒであり語られるとするならば思い出補正によってのみ語られる。

今後NHKBSで4月から再放送される予定らしいが恐らくそれほど大きなブームにはならないであろう。今の涼宮ハルヒの憂鬱にそれほど体力はない。しかしそれでも懐古ファンを中心に一定の盛り上がりはみせるかもしれない。自分自身衛星放送で再放送されていた時に見たことがあるがその時は非常に面白かった。そのような懐古感情を刺激すればちょっとした再燃現象ぐらいは怒るかもしれない。当時のハルヒ世代には今のオタク文化に嫌気がさしたり飽きたりして深夜アニメから離脱したファン層が非常に多い。彼らの思い出を少しだけ刺激する役割がこの再放送には求められる。

 

そしてそのハルヒをオワコン化させたのが何よりもハルヒ二期なのである。

このハルヒ二期は狂気そのものであった。

誰もがその二期を待ち望んでいたし期待していた。しかしその期待は裏切られる。簡単に言えば絵が微妙に違うだけの話を7,8回放送したのである。自分も3回目までぐらいしか見ておらず、「今回もエンドレスエイトか」とわかった途端すぐに視聴をやめエンドレスエイトが終わったときにようやく視聴を再開した。

しかしエンドレスエイトが終わるころには大した話の数は残っておらず結局それほど印象に残らなかったのがハルヒ二期だ。大部分のファンがこのように見ていただろう。まともに見れば長門有希の気の遠くなる苦労がわかるという擁護もあったが皆そこまで真剣に見ていたわけではない。

 

結局ハルヒ二期はエンドレスエイトが長かったと言うだけの印象に終わり、その後平野綾のライフライナー騒動もあり、けいおん!の時代が訪れ完全に過去のものになっていった。あれだけ流行ったのだからオワコンにならないと思われていたのに見事にオワコンになった。今の時代ハルヒが輝くのはパチ屋だけである。

しかし今でもこうして懐古として語られたり、現代のオタク文化における役割の話の時には必ず話題にされる。90年代がエヴァンゲリオンならば00年代は涼宮ハルヒだった。そしてその功罪は両方の面で大きい。新しいオタク文化を作ったと同時に、オタク文化を大幅に劣化させるその後のきっかけを作った。その意味では今後も語られていく作品であることは間違いない。