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elken’s blog

ジャニーズ、サッカー、軍事、創作などあらゆることを評論するブログ

底辺生活から抜け出せないの自分の日常

人生と日常 サッカー

貧乏は癖になると言われている。一度貧乏になるともうその負のスパイラルから抜け出せない。まるで泥沼に足を取られたようにこの貧乏という沼は足を踏み入れた物を飲みこもうとする。

一度失敗すると貧乏からは本当に這い上がれない。

誰かが引っ張ってくれたり自分に突如羽が生えて飛び立つことができれば抜け出せるが現実の人生にはありえない。

一応それを何とか頑張ってきたが頑張れば頑張るほどむしろ深みにはまっていく。だから泥沼なのだ。

 

底辺に陥れ、一度道を踏み外して失敗すればもうずっとそのまま。貧困のスパイラルは恐ろしい。頑張ればとかやり直せばとかいう人もいるけど、それでまた失敗してるのが自分だ。頑張るって何なんだろうなと思うし、だんだん頑張ることに意味がないと思えるようになってくる。結果を出さなければならないのが努力だがその結果までは果てしなく遠い。

そこにたどり着こうと頑張ってるうちに自暴自棄になるし卑屈になる。いろんなことが嫌になる。

俺は社会の底辺だ、負け組だ。

こんな奴は社会において必要とされてない。山田ルイ53世が「何も取り柄がない人がただ生きていても何も責められない社会が正常です」と言っていたけど、それすら許されない時代なのかもしれない。

自分のような無能が何で生きているのか不思議になる。

こんな荒んだ考えも何もかも金がないせいだ。じゃあ金がないなら努力して手にいればいいじゃないというけど、その努力がここまで空回りしてきたのが自分だ。

むしろ努力したせいで更に駄目になった。努力しない方がマシだったというレベル。努力すれば何でも報われて解決するような前提など存在しない。

強気の時の自分なら「報われるまで努力する」と言っていたがそんな気力もわかない。結局それができるのは報われたことがある成功体験の持ち主であって・・・

 

上手く行ったことが無い人間なんて努力するという土俵にすら立てない。

失敗続き失敗続き、何やっても報われない。そんな無能な人間に居場所もないし必要とされていない。

結局自分は貧困という十字架を背負って生まれてきたのだろう。貧乏の遺伝子が刻み込まれている、呪いの血が入ってる。貧困という呪いがかけられてる。時々自分が呪われてるかのように上手く行かないという考えに襲われる。

うまくいかない遺伝子、貧困の遺伝子、そういう星の下に生まれたのが自分。

生まれながらにして上手く行くタイプの人間と生まれながらにして上手く行かないタイプの人間がいる。自分は絶対に後者だろう。褒められやすい認められやすいタイプ、いざという時に助けてもらいやすい、周りに人が集まりやすいタイプと、どうでもいいように扱われる無価値な人間がいる。

間違いなく後者だという自覚がある。

勝者のメンタリティという言葉があるならばその対局は敗者のメンタリティだろう。自分には敗者のメンタリティに染まりきっている。敗者の遺伝子、敗者のメンタリティ。

自分が何の意味もない人間だと卑屈な人間に育ったのは、どれもこれも金のせいだ。金がないのが悪い。金や成功が寄ってこないタイプの人間。

サッカーでいえば最後のとことでなぜかシュートが呪われたように入らないタイプの人間。

そしてまさにこれこそが貧困のスパイラル。貧困は貧困に集まる。こういう考え方をしてるからどんどん貧困になっていく。うじうじ言い訳と不満。そんなことをしているから更に敗者のメンタリティが強化されていく。

まるで自分を追い込んでいる。そんな自暴自棄になっていく、どうせ俺はそんな奴だよ、と。

上手く行くタイプの人間はどんどん成功していく、上手く行く流れを身に着けてるから更に好循環が生まれる。そしてそういうところに同じく成功するタイプの人間が寄っていく。更に好循環が生まれる。成功する奴はどんどん成功する、負け知らず、快進撃、電撃戦、敵なし。

逆に一度負のスパイラルに陥った人間がそこから復活するのには時間がかかる。まるでACミランのようだ。敗者のメンタリティに呪われてしまった。山田ルイ53世が「6年間まるで無駄だった」と語っていたけど、まさにそういう無駄な時間が必要になる。

一度はまるとこの泥沼は抜け出すのにそれくらいの時間を要する。

この間にも、上手く行く奴はどんどん上手く行ってる。

 

一方駄目な奴は泥沼でもがいている。数年間、10年間意味のないもがきやあがきを続けるしかないというのか。これからもそういう底辺生活が続いていくんだろうなと思うと、もう頑張る気にもなれないし、人生がどうでもよくなる。

こういう厳しいときに立ちあがっていける奴、難しいときにも結果を出す奴、逆境に強い奴が勝つ奴であり勝者のメンタリティの持ち主。自分はそういう時腐ることしかできない。逆転を信じて走り続けるのではなく、走ることをやめてしまうタイプの人間だ。過去に逆転した経験があれば走り続けられるだろう、でもそういった成功体験がない。

「どうせ逆転なんてしない」と思うから走れない。

逆転するだろうという盲信にも似た感情があると本当に逆転してしまう、それは先日のバルセロナが示した。でも自分はバルセロナじゃない、ネイマールでもない。ただの同でもいい無価値な無能に過ぎない。それでも腐らず走り続けられるか、今自分は人生の岐路に立たされている。