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elken’s blog

ジャニーズとサッカーを中心にあらゆることを評論するブログ

中島健人を見ているときの謎の恥ずかしさについて

なぜだろう、中島健人を見ていると変な恥ずかしさが沸いてくる。それは恋愛感情ではない。おそらく世の女性ファンの多くが「恋愛感情」として中島健人に恥ずかしさを感じているわけではないことは察しが付く。

この男、なぜか視聴者に変な恥ずかしさを催させるのだ。

それは説明しがたい。恋愛感情のような恥ずかしさや異性に迫られる恥ずかしさとは少し違う。

通常のジャニーズならばまさにかっこいい男性としての魅力を全開にファンを魅了する。もし正統派のタイプではなくともなぜかかっこいい、そういった魅力がジャニーズにはあるのだ。それゆえにファンは正統派の感情として恥ずかしくなる。その恥ずかしさは正当なものだ。

 

しかしこのSexy Zoneのメンバーとして知られる中島健人という男を見たとき、その恥ずかしさは正統派ではない。見ていると確かに恥ずかしいは恥ずかしいのだが、それは通常の場合とは異なる。

語弊を招く言い方になるかもしれないが彼は見ていて「こっぱずかしい」

そんな変な恥ずかしさがラブホリ先輩にはある。

中島健人

決して中島健人というジャニーズのスタイルを否定しているわけではない。むしろ自分はたまらなく好きだ。しかしなぜだろう・・・なぜかギャグ感がある、そうなぜか面白いのだ。

ケンティこと中島健人は高度なネタをしているのか?

これはいわゆるラブホリック芸なのか、ツッコミ待ちスタイルなのか。あのスタイルをマジでやったら通常の人間ならばガチで変質者である。しかし中島健人はそれを独自のスタイルに昇華させてしまう。世の女性ファンもガチでその魅力に心酔しているというより、正直笑いながら見ているであろう。隠さなくていいんです、この男を少しフフッっとなりながら見ていることを。

むしろこの人はそういうスタイルなんです、わかっているファンは笑いながら見る、そういう魅力が中島さんにはある。

どれだけかっこつけて正統派的にやろうとも、JMKラブホリ王子時代やセクシーゾーンチャンネル時代の滅茶苦茶な光景がファンにあの日々を思い起こさせる。

手羽先やリブロースに異常なまでに興奮していたあの日々を。

 

そんな姿を知っているからいい意味でそのスタイルをそのまま真っ直ぐ見ることができない。この裏にはあのはちゃめちゃな中島健人がいる。もはや本人すらあの時の映像を見たら恥ずかしいに違いない。見ているこちらも恥ずかしい、しかし面白い、最高に面白い。何度見ても中島健人は最高だと思わせられる。

クレイジーすぎるかつての姿が逆に今の魅力をさらに向上させる。決して今の中島健人を否定するわけではないが「どれだけやってもギャグ感がある」というのが彼の魅力だ。なぜか面白い、見ていて恥ずかしいは恥ずかしいけど正統派の恥ずかしさではない・・・しかしその独特な恥ずかしさが何よりも癖になる。そんな魅力がある。

正統派のキラキラアイドルをやっているときもなぜか変な恥ずかしさがある。自分はなんでこの人を見ているんだろうと冷静になると意味不明な疑問に駆られる。しかしその意味不明が好きなのだ。その「変な恥ずかしさ」にハマってしまうとなぜかその魅力に取りつかれる。

 

世の中には過去の芸風を否定して黒歴史のようにキャラを変えてしまう芸能人がいる。

中島健人にはそうなってほしくない。

現状ラジオやインタビューなどを聞いても、中島健人の本質は変わってないしブレていない。相変わらずラジオでは無茶苦茶だしインテリジェンスがあり賢い人間であることは間違いない。

ただ最近は周りの環境があまりにも変化しすぎている。そういったときに自分の魅力を見失ってしまうことがある。周りが求める能力と自分が持っている能力ややりたいこととのギャップがどうしても生じる。その時にもしかしたら過去の披露していた魅力を自分で封印したり抑え込んでしまうことがあるかもしれない。

「周りや世間が求めているのはこういう役割だ。プロとしてその役割を全うしなければならない」というように考えてしまう。組織の中で自分に求められる役割を職業として、プロとして優先してしまうかもしれない。

その時にかつて自分がいい意味で好きにやっていたスタイルを封印してしまうことがある。芸能界に限らずスポーツの世界でもよく見かける光景だ。若手の頃はいい意味ではちゃめちゃにやっていたが、大人になり周りに気遣ったり考え込んだり、組織の中での役割を優先したり・・・

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中島健人には絶対的な個性がある。

もしその個性を最大限い発揮できる場所が来れば更にブレイクするだろう。今は環境や状況が変わり求められるスタイルが少し限定的になりつつある。かつてほど思い切りの良さを出し切れない状況や求められるスタイルを優先しなければならない状況もある。

今昔のようなことをやればこれまで気付いて来たことがが崩れ去ってしまうのではないかという不安がもしかしたらあるかもしれない。

 

だけどそんなことはどうでもいい。誰もそのことで責めることはしないどころかむしろそのスタイルを待ち望んでいる。

もし中島健人が世間や求められる役割を気にして自分の本当の魅力を封印しているというならば、そんなこと気にしないでほしいなと思う。

 

これはもしかしたらすべて自分の勝手な思い込みかもしれない。中島健人本人は思う存分好きなことをやれているかもしれない。

しかしただ言えることは、中島健人は思い切りセンスでやったほうが輝くタイプであるという事。天才タイプやアーティストタイプの個性がある。

時には何も考えずその時のノリで思い切りやってその時に生じるわけのわからないぶっ飛んだ個性、それが中島健人の魅力だ。

何をやるかわからない予測できないいい意味でのはちゃめちゃさがある。そこをこれからも極めて行ってもらいたいなと思う。最近の活躍は間違いなく素晴らしいし、そして更にその先にもとんでもないことが待ち受けてるに違いない。

誰もが予想できない中島健人ストーリーがきっと広がっているだろうし、ファンの多くがそこに期待している。これまでのケンティと最新のケンティを融合させた究極完全態中島健人がきっと芸能界に旋風を巻き起こすに違いない。

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