elken’s blog

ジャニーズとサッカーを中心にあらゆることを評論するブログ

ジャニーズの彼女を詮索することに意味はあるのだろうか

アイドルとは何なのかということを考えたとき自分は「夢を与える仕事」だと思っている。夢を与え、幻想を見せ、そして恋人であるかのように魅せる、いわばそれはアルコールのようなものだ。

例えは悪いかもしれないがアイドルとはお酒に近い物であり「非日常」を体験させたり、擬似的に幻覚を魅せたりする存在である。

 

かつてジャニーズの嵐は「感動しない日々の中で何かに憧れていたい」と感謝カンゲキ雨嵐という曲で歌った。いわば感動しない日々の中で不確かな希望を求めて一時的に幻想を見るのがアイドルなのである。身の回りに存在しない華やかな世界を思い描きそこに華麗な何かを想像する。

元来芸能界というものはそういう世界であり、その内実は知る由もなくただひたすらに甘美な雲の上の世界であった。

 

しかし現代はSNSやインターネットの発展によりその距離は近くなり、アイドル本人が意図していないところで情報が出回る時代になっている。

今かつてのようなスタイルで「アイドル」という存在は成立しにくくなっており、それゆえに「親近感」に舵を取る芸能人が増えてきている。

 

情報の時代といえばそうなのだろう。今は一挙手一投足に有名人の行動がすべて報道されスキャンダルに晒される。しかし人間に「完璧」など存在しないのだ。

どんな時も美しい人間など存在しない。

あの美女にもあの美男子も見せてはいけない部分がある。

いわば昭和芸能界、もっと遡ればマリリン・モンロー、もっと遡ると日本で言えば歌舞伎の役者が持てはやされた時代にはそれらは非日常の幻想というベールに守られていた。

ジャニーズも昭和ジャニーズの時代、フォーリーブス、少年隊、たのきんトリオ光GENJISMAPの時代まではそのアイドルという概念や、神格性およびカリスマ性が存在した。

 

しかし21世紀に入りインターネットやスマートフォンの普及により情報時代は加速し、あらゆる情報が出回るようになった。

アイドルファンが「情報」「プライベート」というものにアクセスしやすい時代が到来したのだ。それゆえにかつてのアイドルや芸能人以上に私生活というものが民間に伝わりやすくなった。

 

アイドルファンというのはいわば擬似的な「恋人」という役目をアイドルに求めている。アイドルの彼氏や彼女の有無というのは昭和芸能界からの関心事である。

今男性アイドル、女性アイドル問わず情報が出回りやすくなっており一夜にして全国にスキャンダル情報が飛び回る。今やアイドルというのは幻想を魅せる職業ではなく本当にファンに奉仕する役割を求められる時代になった。

女性アイドルは毎日のように「握手という労働」を行いファンの獲得に努める、男性アイドルは徹底的に生活を隠し男性アイドル同士の交流をアピールする。

 

今アイドルという職業は男女問わず徹底的にファンの奉仕しなければならない時代になっている。それは発信手段の発展やローカルの地域主義が発展した今より苛烈な競争へと発展している。

つまりライバルが増え、そして娯楽そのものが増えた現代には「より親密なサービス」を提供しなければ振り向いてもらえない時代になっている。供給が増え、サービスを受ける側の目が肥えた、それゆえにより密着型のものが求められているのが現代コンテンツの潮流である。

 

そして「ジャニーズアイドル」という存在がまさにその時代の波にもまれた存在である。今やアイドルは大航海時代ならぬ「大親近感時代」に突入しようとしている。

ジャニーズファンは「ジャニーズのレベルは下がった、昔はもっとイケメンが多かった」という言葉を聞くことが多いだろう。ジャニオタとしては「今もイケメンはいる、むしろレベルは上がっている」と反論したいのではないだろうか。

しかし現実的には今ジャニーズというのはかつての影響力を失いコアファン相手にどれだけファンを獲得できるかというローカルな競争の時代に突入しようとしている。ジャニーズ事務所としてもかつてほど大勢力な存在の確立を目指そうとはしていない。

 

このような時代背景の中で今後ますますジャニーズは私生活やプライベートの秘匿に気を使わなければなっていくだろう。しかし人間に完璧は無い、ジャニーズもそれは同じことなのではないだろうか。

冒頭にアイドルはお酒のようなものだと述べた。

一時的に彼らジャニーズ事務所が見せる世界に酔い、非日常を体験できればそれは良いのではないだろうか。完璧なアイドル、完璧な人間は存在しない。自分もまた完璧ではないのだ。一瞬楽しい酔いがあればアイドルはそれでよいのではないか、自分は芸能人のプライベートを詮索する行為が行き過ぎた現代にそう思わずにはいられない。

 

昭和芸能界のスターも私生活は幻想ばかりではなかった。

しかしそれを見ないからある意味楽しめていたのかもしれない。

どんな人間にも見せてはいけないような部分がある、そしてそれを見る側も見ないことがエンターテイメントの暗黙の了解でもある。

情報を知り過ぎず、芸能人とファンは付かず離れず、近づきすぎず離れすぎず、そういう程よい関係がいいのではないだろうか。飲食店の裏側を知れば何も外食ができなくなるのと同じように、芸能界の裏側を知れば何も芸能を楽しめなくなる。

程よく知識欲を抑え、表の部分だけ楽しんでいくスタイルがあってもいいのではないだろうかと自分は思う。ジャニーズのすべてを知る必要はない、好きな部分だけ楽しむことも立派な応援スタイルであり、むしろジャニーズ本人自身もそういった付かず離れずの関係をありがたいと思っているように見える。

ファンもアイドル本人もお互い知りたいところだけ知る、そんな程よい関係が自分は芸能における理想的な関係であるように思う。

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