elken’s blog

ジャニーズとサッカーを中心にあらゆることを評論するブログ

カイジみたいな底辺地下生活過ごしてる奴wwww

賭博黙示録カイジとかいう底辺がみるとたまらない作品がある。出てくる登場人物はすべて屑!利根川や兵頭、遠藤などの帝愛幹部はもちろんのこと安藤や三好など登場人物もことごとく屑でまともな奴がいない。

ひたすら人間的醜い奴らばかり出てきて絵柄は華やかではない。

しかしそんなカイジ、キラキラした理想世界を描いたアニメや漫画よりも魅力がある。

最近のなろう小説やアニメでは自分より上の存在が出てきてはストレスになるため師匠キャラは不在、自分と同等の存在がいても駄目なのでライバルキャラも不在という時代になってきている。

主人公はビジュアル最高峰のイケメンで生粋の天才、とにかくモテまくる。

今はそんなアニメや漫画が流行っている。

 

自分も昔はそんなアニメを見ていたし、アニメに理想世界を思い描いていた。

萌えキャラばかりが出てくる作品や主人公が無双する作品だ。

しかし今自分が大好きなのは賭博黙示録カイジである。ひたすら醜く屑だらけの世界。主人公の伊藤カイジですらろくな奴ではなくいざという時は人間の屑である。

ひたすら登場人物全員が小物、醜く冷徹な大人であり描かれる世界も地味で惨めな構図ばかりである。

 

まず物語は主人公が保証人になったことで背負った闇金の借金から始まる。

20代のカイジはその借金が当然払えず、いつの間にかその利子は巨額に膨れ上がっている。

「このま借金を払い続けて40代まで働きつづけるのか一夜でチャラにするのか。仮に負けても数年集中して働きつづければ出られる」という帝愛の回し者遠藤の甘い言葉に誘われてエスポワールの乗り込む。

そこで出てくるのは人生の負け組ばかり。

イケメンや美少女などこの作品に出てくるはずもない。後に一条というキャラだけは出てくるがそれ以外はことごとく醜い負け組や屑、不細工ばかりである。

 

トーリーすべてを説明するとキリがなくなるほどこの作品は面白いが、ではなぜこんな薄汚い陰惨な空気漂う作品が人気があるのだろうか?

一人のカイジファンとして端的に語るならば、読者の多くは貧しい生活の中で希望や親近感を見出したいからであろう。

自分自身夢がありこの先の人生に薔薇のお花畑が広がっていると思っていた頃は正直こんなものは見なかった。食わず嫌いをしていたというか可愛いキャラも出てこないし、絵柄も変だしと思っていた。

しかし自分自身が負け組や底辺に落ちぶれたとき、たまたまこのアニメを見る機会があった。そしてそのアニメを見たときかつてないほどの興奮を覚えた。

 

結局のところアニメや漫画というのは自己投影でもある。

自分に近い主人公や自分が理想や目標とする主人公が登場する作品を見たがる。それゆえに自分自身は中学時代コードギアスガンダム00を見ていて厨二病に浸っていたし、世の女性の多くはイケメンから取り合いをされる少女漫画を見るのだ。

若いときは俺TUEEEで無双したいし、異性に取り合いをされたいのだ。

 

しかし徐々に世の中に出ることで現実を知っていく。

自分の場合まさに底辺に落ちぶれ負け組になることが現実だった。

毎日毎日貧乏で先行きの見えない人生、貧しい食事と節約の日々。底辺生活を味わいかといって浮上の見込みもなく現実に希望を見出せない。

カイジを甘い言葉で誘う時の遠藤の言葉がある。

「バスケットボールのゴールが100m上級にあれば誰も投げようと思わなくなるだろ。今のお前はまさにそうだ。全てがどうでもよくなり、自分には縁の無いものだと思うようになる。ショーウィンドウの向こう側にある物も買えないと諦めているから希望がわかない」

まさにその通りで、自分には100m上空にあるバスケットゴールのようにすべてが手の届かない存在だった。

見捨てられ、裏切られ、蔑まされ文字通り底辺まで来た人間にとってカイジの言葉は重く響いた。

主人公には親近感や自分に近い姿を読者は求める。

 

かつてコードギアスルルーシュに憧れ世界を変えようとしていた自分が、今現実として親近感を感じるのは金に追われ、体たらくな日々を送り人生に希望を見出せない伊藤カイジという存在だった。

自分のそこまで凄くない、その現実に気付いたときカイジのようなしょぼい等身大の主人公は何よりも魅力だった。

もう世の中で輝くとか、人間関係で輝くとか、そんな意欲がない人間にとってカイジが直面しているダラダラとした現実は自分に近い物があった。

夢や幸福は余裕があってこそ目指せる、惨めにその日を生きながらえることしかできない人間にとってカイジの姿はまるで自分の様だった。

華やかな夢を思い描けるだけでもマシな状況であり、夢すらもどうでもよくなる。そんなカイジのような落ちぶれた人間が、借金取りに追われ絶望に追い込まれそこから何とか這い上がろうとする。

様々なことをためし、壁にぶつかり、上手く行ったと思ったらまた失敗する。次々と壁が現れ結局幸せになれない。そんな姿に妙なリアリティを感じたから自分はこの物語にハマった。

カイジ

更にこの物語の最高に魅力的な貧乏さが表れている回がまさに地下チンチロ編だろう。地下チンチロはカイジの中で最も人気が高く傑作と言っても過言ではない。

この作品最大の「底辺感」が現れているのがカイジがギャンブルに負け送り込まれた帝愛の地下施設だ。

毎日埃が舞う最悪の労働環境で地獄のような地下労働を強いられるカイジ。脱走も困難であり、囚人たちはぼったくり価格のポテチやつまみ、酒などをに給料のすべてをつぎ込み毎日落ちぶれた生活を送っている。カイジ自身、初めはその生活を見下し這い上がろうと決意するが徐々にその生活に染まっていく。

このストーリーはまさに自分そっくりであった。底辺に落ちぶれたが結局その泥沼のような状況に飲み込まれ無様な生活をする。普通の生活に戻るとか華やかな夢を描くというよりもただその日を過ごす。ボロボロの状態では夢も希望も描けない、ただ今を過ごすことしかできなくなる。

そういう底辺生活のジレンマを見事に描き切っていた。

 

その中でカイジはイカサマのギャンブルに引っかかりすべての財産を失う。

その結果3か月間懸命に逆転のための地下労働を開始する。すべては班長を倒すために嫌がらせに耐えながら、甘い物は角砂糖で過ごすというような日々が続く。

地獄の底も底でひたすら耐え続け懸命にチャンスを待つ。

そんな姿に自分を重ねた。今現在の自分の貧しい生活と、カイジが作中で送っている貧しい生活を一致させた。

貧しい中で何とか頑張らないといけない、底辺生活から這い上がらないといけない。そういう希望をカイジに見出して何とか日々の支えにした。

決してかっこいいわけでもなく、華やかでもない。

出てくる登場人物も見にくい屑ばかり。

だけどどこかその過酷な現実を描いた作品は魅力がある。自分が凄いと信じていた頃は夢物語のようなアニメを見ていた。カイジの魅力にも気づかなかった。

当時の自分はルルーシュになりたかった。

しかし今はカイジのようになりたい。人間というのはそうやって変わっていく物だ。

ルルーシュランペルージにはなれない、そんな現実を知った人間が今憧れるのは伊藤カイジである。

底辺が成り上がるにはもうアフィリエイトしかねぇ!