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elken’s blog

ジャニーズとサッカーを中心にあらゆることを評論するブログ

日本でイスラム過激派テロは起こり得るだろうか?

21世紀というのはテロの時代である。21世紀の始まりである2001年はテロと同時に始まった。

陰謀論に関しては様々な考察があるが9.11同時多発テロは2001年にアメリカで始まりその後世界中にテロリズムは蔓延していくことになる。アメリカ、ヨーロッパ、そしてアラブ諸国、アフリカ諸国などでもテロはもはや世界の日常光景になっている。

とくにISISの勢いが増した2010年代以降は先進国の民間人をターゲットにしたテロが急増しており、テロというものが遠い国の出来事ではなく日常の物になってきているのだ。

 

その主犯格であるイスラム過激派の最終目標は「世界のイスラム化」である。

彼らは近代以降に成立した国際領土に対して異議を唱えその構図を問題視している。更に言えば近代文明以降の世界に対しても批判的であり、原始イスラム教の時代を神格化しておりすべての生活様式アッラーが存在していた時代に回帰させようとしているのだ。

実際にイスラム過激派の構成員がサッカーの試合を見ていた時に彼らを処刑している。

アラブ諸国でサッカーが盛んであり文化として根付いているにもかかわらず西洋発祥のスポーツ観戦文化を断罪しているのだ。

にもかかわらず彼らはそのテロの手段にAK47のような西洋生まれの銃や、スマートフォンなどを使ったSNSでの布教活動を利用している当たりダブルスタンダードである。まるでコーラを飲みながらアメリカ批判をするような構図と似ている。西洋文明批判のために西洋の手段を使っているのだ。

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彼らイスラム過激派は段階的に計画を立てている。

10年ごとに勢いを拡大していくとするイスラム過激派のプランが存在しており、このISISの活動は第三段階のような領域に差し掛かっている。

例えば有名なイスラム過激派勢力が考える将来の勢力図だがかつてイスラム勢力が支配した地域を奪還すべき領土として主張している。

かつてスペインがキリスト教勢力に領土を奪還するためのレコンキスタとして領土回復運動を行ったように、今「逆レコンキスタ」ともいえる事態になっているのだ。そして領土回復だけにとどまらずその理想社会たるイスラム社会を全世界に拡大することがまさに現在の過激派が提唱するジハードの最終目標であり我々日本人も当然ながらそのジハードの対象に入っている。

宗教の共存というのは過激派にとってはあり得ない事であり、日本だけ例外という都合のいい考え方は存在しない。彼らは本気で世界のイスラム化を信者に教え込んでいるのだ。

では日本にそのテロが波及する可能性は現実的に考えてどの程度なのだろうか。

そのことを考える前にそもそも日本がテロとは無縁であるという考え方を変えなければならない。今現在日本はテロとは無縁の国のように見えるが実はこういう街中のテロというのはかつて日本でも行われていた行為なのである。それも戦前ではなく戦後だ。

それは学生運動が盛んだった時代の極左テロにまで遡る。

指名手配犯のポスターを見たことがあるならば見たことがあるかもしれないがかつて「東アジア反日武装戦線」という極左団体が存在した。彼らは日本帝国主義を擁護する存在として三菱重工などのビルに爆発物テロを敢行し一部の実行犯は未だに拘束されていない。それゆえに現在の指名手配ポスターにも掲載されているのだ。

更に東大学園紛争、安田講堂占拠事件、よど号ハイジャック、イスラエルのテルアビブ空港での日本赤軍による銃乱射事件、ダッカテロ事件など実は日本人が日本や海外でテロを行っていた時代があるのだ。むしろイスラム過激派より先にテロを行っていたのが日本人であり、彼らはその手法において日本のやり方を参考にしている。

聖戦の自爆テロの考え方も元々遡れば先の対戦における神風特別攻撃隊の理念にヒントを得ている部分がある。

 

今一番先進国でテロと遠ざかっている日本が実は元の部分で言えばその原型に通じる部分があり、必ずしも他人事とは言えない実情がある。

日本人の中でも戦後初期を生きた世代の人々の中には極左=テロ」と認識している人も少なくなく、そこから60年代、70年代の過激派学生運動へとつながっていくことになる。

 

そういった歴史背景を考えたときに日本がテロと無縁と考える事はあまりにも無理がありすぎることだ。宗教問題関係なしに日本では秋葉原の加藤事件や宅間守の池田小事件のようなこともたびたび起きている。

日本では社会に不満を抱えくすぶっている層が非常に多いのだ。日本のネット上にも「リア充」や「勝ち組」への怨嗟の声があふれており、それらは西欧の移民社会の人々が白人の上位層に覚える憎しみと通じる部分がある。

底辺生活を送り自分の人生の浮上の見込みがない人間が「持つ者」をターゲットにした事件は枚挙に暇がない。そこにイスラム過激派の思想が融合したり、かつてのような極左テロのような理念が加わった場合これらのテロが日本においても復活する可能性は否定できない。

今の日本は歪んだ社会構造になっており先行きが見えない。

恵まれた人間だけが得をし底辺生活を歩む負け組には居場所がなくなってきている。

持たざる者や負け組はひたすら蔑まれ馬鹿にされる。もはやインターネットでもSNSはもちろんのこと匿名掲示板ですら自慢大会の場所と化しており、負け組や持たざる者、恵まれない人間の居場所は少なくなってきている。いま日本人は誰もが見栄を取り繕い自分より下の人間を探している。そしてその下に置かれた人間は当然上の人間を憎むだろう。

失敗した人間にとっての社旗復帰の道もそれほど多くはなく、成功者になる手段は限られている。

 

そういう不満が暴発したとき、成功者や恵まれた人間を巻き込んで、自分だけは天国に行くというイスラム過激派の考え方は地下のアングラで普及していく可能性がある。

イスラム過激派の思想とは別に「負け組が勝ち組を打倒する」という考え方がすでに日本では普及しており様々な事件が起きている。そこにイスラム過激派の思想が融合したとき、「移民がテロを起こす」ということから発展して「現地社会の人間がテロを起こす」という流れが作り出される可能性はある。

 

これまで欧州でテロを起こしている勢力はあくまでイスラム文化圏に出自を持つ者がほとんどだったが、これからは現地の人々がテロを起こす時代になっているかもしれない。実際西洋においてもイスラム過激派は現地の白人にまで普及活動を行っており、キリスト教からイスラム教に改宗する人は少なくない。

代表的な有名人で言えば元フランス代表のフランク・リベリーイスラム教に改宗しており、生粋のフランス人ながらイスラム教徒になっている。

こういった改宗の例というのは少数のケースではなくイスラム教に改宗する西欧社会の白人というのはもはや珍しい事ではなくなっている。

また近年ではインターネット上における布教活動も行われており、従来のイスラム移民が多い地域だけがイスラム過激派の危険にさらされるという考え方も時代遅れになってきている。

 

つまい何が言いたいのかというと、いわゆる純日本人が今イスラム過激派の思想に傾倒する可能性があるという事なのである。

必ずしも海外からやってきたイスラム圏出身者だけが過激派テロの要因になるわけではなく、現地の住民が改宗しその社会に敵意を向ける可能性もあるのだ。

実際日本人からイスラム教に改宗する人というのは皆無ではなくすでにインターネット上でも活動を行っている。また宗教団体による事件は日本では珍しくなく新興宗教の数は膨大であり、オウム真理教のように実際にテロの実行に移ったケースまで存在する。

日本人の多くが無宗教であり移民も少ないからテロが起きないだろうという考え方はこれからの時代通用しなくなっていくだろう。純日本人が過激派に転向する例もあれば、他の宗教による行動も考えられる。オウム真理教の事件はそれほど遠い昔ではなく、極左テロも戦後の事である。何かのイデオロギーのためにテロを行うというのは決して日本で皆無というわけではなく、むしろ世界的に盛んな地域や発祥の地域だとも考えられるのだ。

オウム真理教による事件は世界初の民間人を対象にした化学兵器によるテロだ。それにもかかわらずなぜか日本は平和であるという幻想が世間を覆っている。その警戒心の無さはまさにテロを行う人間にとって好都合である。

更に恵まれた人間と恵まれていない人間の格差が鮮明になってきている現代ではより一層社会への不満も醸成されやすくなってきている。このテロの問題が他人事のように思えないのは自分だけだろうか。

オールド・テロリスト 著:村上龍

 

また現在では日本社会全体が行き詰っており限界に直面している。このような状況で一度社会を破壊して戦後直後に戻した方が良いというような終末論も出始めている。前代未聞の少子高齢化に直面している日本では確実に限界がやってくるだろう。

絶望的な未婚社会にも突入し、誰もが先行きの見えない暗い時代になってきている。

人生を楽しんでいるのは一部のリア充や既得利権層だけである。若者が希望を見出せずその若者中でも更に恵まれない若者はもはや社会に何の愛着もなくなっている。こんな社会破壊してしまおうという終末論を唱える人間も今や珍しくない。

人生のやり直しがきかない中年層や、先行きに希望を見出せない若者層がこのような終末論に走る。

そう考えたときにテロの土壌や温床というのは欧米諸国以上に日本は存在しているのではないだろうか。もしかしたら欧米ですら起こり得ない前代未聞のテロが発生する可能性すらある。

欧米諸国のようなテロではなくむしろそれ以上のテロが起こるのではないか、自分にはそんな危惧がある。この歪んだ社会に復讐したいと考えている人はこの日本にいくらでもいるだろう。西欧の移民社会のテロリストより高度なテロを行う可能性すら考えられる。テロと無縁だと思っていた日本が次世代のテロに見舞われる可能性は否定できない。

21世紀は間違いなくテロとの戦いの時代である。日本だけがこの問題とは無縁であるという考え方はあと10年もすれば完全に過去の問題となっているであろう。