elken’s blog

ジャニーズとサッカーを中心にあらゆることを評論するブログ

浅田真央引退に見るフィギュアスケート選手の選手寿命の短さ

フィギュアスケート選手浅田真央の引退が発表された。かなり若いころから日本のフィギュアスケート界を牽引してきたレジェンドの1人がこうして引退の決断をしたことは世の中に大きな衝撃を与えている。

個人的にも浅田真央は好きな選手の一人でもあり、多くの人がその華麗なスケートに勇気づけられてきた。記録より記憶に残るタイプ選手だったともいえる。オリンピックの金メダルには手が届かなかったという無念はあるかもしれないがそのメダル以上の感動を日本人に与えてくれたことは言うまでもない。

女性フィギュアスケート界は浅田真央がいたからこれほどまでに華やかだったともいえる。これほど好感度の高いスポーツ選手は男女問わず珍しいほどに見ていて好感度の高い選手だった。

そんないつも氷上に立っていた選手が4月10日に引退という決断を下した。しばらく休息を取っていた時期がありそこからまた戻ってきたのが最近の事のように思えるが今回ついに本当に引退の時が来た。そしてその年齢はまだ26歳でもある。26歳で引退ということは他のスポーツ選手で考えたとき非常に速い印象がある。

サッカーでいえばこれから選手としてピークを迎える時であり、野球やボクシングなどは30代後半がピークだとも言われている。それゆえにフィギュアスケーターが26でベテランという感覚はそれだけ年齢との戦いでもあるということの証左だろう。

 

若すぎてトリノオリンピックに出場できなかった頃から現役で活躍しているためもう10年以上日本でトップを走り続けてきた選手であり、それゆえにまだ26歳だったのという印象が強い。

しかしその26歳がベテランに数えられるのがフィギュアスケートの世界であり選手のピークは10代が全盛期とも言われている。フィジカルコンタクトが無いスポーツであるためむしろ身体の柔軟性の方が重要視され、その意味において10代の方が有効なジャンプやスケートができるというのが定説になっている。

 

またフィジカル的に非常にタフであるため関節の摩耗や軟骨の消耗が早いことも選手生命の短さの要因だと言われている。実際にベテランの年齢を超えても活躍していたプルシェンコは骨にボルトを埋め込んで氷上に立っていた。

 

採点競技のフィギュアスケートがスポーツではないという意見もあるがフィジカル的には負担が大きく長期間活躍できないほどタフなスポーツでもある。

回転してジャンプするという動きはそれだけ体に大きな負荷がかかり、これは野球選手が生涯で投げられるボールの数が決まっていることにも近いかもしれない。

ただでさえジャンプと着地ということは身体への負荷が大きく、そこに回転という事まで加わればその身体への影響は非常に大きくなる。そしてそのジャンプが競技のメインになっているのがフィギュアスケートでもある。転倒は日常茶飯事の事であり練習も含めれば1日に何度も転倒と着地を繰り返す。このことがフィギュアスケーターの選手寿命の短さの大きな要因になっていることは間違いない。

 

スポーツ選手というのは身体を消耗しながらそのアスリートとしての活動を行っている。将来再生医療が発達すれば選手寿命は長くなるかもしれないが現行の医療技術ではまだ選手生命を飛躍的に伸ばすという段階までは到達していない。

スポーツの為にも再生医療研究が発達することが求められる。

骨や関節、軟骨というのは有限な消耗品である。それゆえに活動できる機会は限られており、フィギュアスケーターは早々に引退し身体的負荷の小さいアイスショーなどのスケートへ転向したり指導者への道へ進むことが多い。

 

またそもそもフィギュアスケート選手になるための道も狭き門であり、最近では本田姉妹のように経済的に裕福でなければ幼いころからその活動はできないと言われている。その狭き門を潜り抜けフィギュアスケーターになったとしても活動費用は莫大であり安定した活動ができず、経済的な問題を理由にその道を去ってしまうケースも多い。

フィジカル的な問題に加え経済的な問題、そして裕福な家庭に生まれるかという出自の問題も関わってくる。

本当に限られた人しかあの華やかな氷上に立つことはできず、それゆえに美しいともいえる。

華やかで美しいフィギュアスケートの世界はそう言った厳しい練習や経済的な事情によって支えられている。表舞台で見る華やかさの裏にはいくつもの涙が存在するだろう。

フィギュアスケート選手の引退が早い事の理由にはそう言った事情が存在する。

そういったことと戦い続けながら美しいスケートを見せてくれた浅田真央には心の底からお疲れ様と言いたい。本当に素晴らしいフィギュアスケーター浅田真央が存在したことは紛れもなく事実でありこれからもその存在と偉業は語り継がれるだろう。