クレヨンしんちゃんの「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」と言えばクエしん映画きっての名作である。
未だにこの映画はクレしん映画を語る時に名前が挙がる
この映画は懐古がテーマになっていて、昔が懐かしいという大人にとっては懐かしいものが見れると同時に、昔にすがってばかりではいけないという意味合いもある。
当時ガキだった俺は大人帝国を見て思っていた「昔にすがる大人ってみっともないな」
大人帝国に限らず、いろんなことで昔のことばかり言う大人は好きじゃなかった。
子供を理解してくれない大人というものを子供が嫌う
多分それはどの世代の子供にも共通するもので俺が子供の頃に見ていた大人たちも、子供の頃にはそう思っていたんじゃないだろうか。
そしていつの間にかそういった大人になっていく。
なぜならそういう自分そのものがそういう大人になってきたからだ。
友達から聞いた話では最近の大学生がかなり懐古傾向にあると聞いたことがある。
友達と集まったりしても、子供の頃のなんとかが懐かしかったなという話。
そして悲しいことに自分自身その友達とは懐古の話ばかりである。
通信ケーブルがあった時代のポケモンは交換してる感がああってよかったよな、とか通信ケーブル持ってる奴はスターだったよなとか
昔の遊戯王人気はやっぱ懐かしいよな、みんな持っていたな、とか
あと兄弟と話すときもついつい昔の話になったり。
ほんの少し前のインターネットを知ってることで「昔のネットは~」と言ったり(俺がよくする)
未来を語り夢を語り、というわけではなくすでに昔を語る
正直こんなものは若者のおっさんごっこ、俺おっさんだわ~っていうものに過ぎない
中学生の高校生ごっこと大して変わらない。
指原莉乃がHKT48の若いメンバーとからむときに「私おばちゃんだわ」という感じになるのと似ている。
とにかく若者がそういうおっさんに憧れるというか、もう10代じゃなくなったことを自虐するという風潮は実在すると思う。昔のことばかりいうおじさんが嫌い、と菊地亜美がテレビで言っているのを見たことがあるけどそういう若者自体が、少し前の子供時代を懐かしんでいるのである。
それはきっと未来に希望が持てないとか、最近の若者は出世に興味がなく安定志向どころか後ろ向きだとか、世の中の経済が上向きでないとか、バブル崩壊後に生まれたからとかそういういろんな要因があると思う。
そして更に皮肉なことに自分自身、昔を懐かしむどころか今を理解しない状態になってしまっているのである。
昨日妖怪ウォッチをネタにした記事をかいたくらいだ
ポケモンのほうがよかった、妖怪ウォッチなにがおもしろいねん!と見もしないのに語る。
小学生から妖怪ウォッチをすすめられても初めからやろうとしない
いつのまにか子供の頃に見た「子供を理解しない大人」も自分自身がなって行った。
昔から脱却できない若者
昔を語られうんざりしていたゆとり世代が実は一番昔に固執する世代になっていくのではないか・・・・僕はそう危惧している
大人帝国を「昔にすがる大人ってダサい」と思っていた子供たちがいつのまにか「大人帝国を見ていた小学校時代」を懐古するようになっていく。
大人帝国を大人としてみていた大人は自分の子供の頃を懐古
そしてその時子供だった人が今度は大人帝国を見ていた頃を懐古
そう考えると大人帝国の懐古心喚起力は凄い。
昭和のノスタルジックさってなぜかその世代じゃなくても懐かしい。
Hey!Say!世代でもなぜかそれが昔の自分がいた場所のように思える雰囲気がある。
結論、結局大人帝国があまりにも出来がよすぎるのが原因かもしれない。