elken’s blog

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遂に日本代表の復帰した柴崎岳に期待

柴崎岳といえば昨年末のクラブワールドカップでレアル・マドリードに2得点を挙げ、スペインリーグ2部テネリフェを昇格寸前に持ち込むなどセンセーショナルな活躍をし続けている新星だ。

 

そんな柴崎岳が代表待望論を巻き起こすことはもはや必然であり、サムライブルーへの合流は秒読み段階に合った。

そして今回ついにワールドカップ最終予選オーストラリア戦を控える日本代表に招集され、"柴崎待望論"はここに一つの形として結実することになる。

 

しかし柴崎岳はそんなことには一喜一憂していないだろう。

本人は当然のごとくワールドカップ本大会への出場を見据えており、最終的な23人として選出されなければ今回の招集が単なる一時的な熱狂に過ぎないことを理解しているのではないだろうか。更にその先のことまで見据えているのが柴崎岳という男であり、既にどう本戦でチームを勝利に導くかを計算していてもおかしくはない。

 

ここ最近の柴崎岳はプレシーズンのアトレティコ・マドリード戦、そして開幕後はアスレティック・ビルバオ、セビージャと名立たるリーガ・エスパニョーラの強豪と激突している。

経験値という意味ではまさしく濃密な時間を過ごしており、この期間何を感じてどう過ごしたかという観点で見ればサッカーに限らず同年代の日本人男性の中でもトップクラスの経験を積んでいるだろう。そこに何の違いがあるのかという事は本当に考えていかなければならないこともでありただ凄いという思いで見ているだけではいけない部分もある。

 

「代表に選ばれただけではしゃいでいてはいけない」と考えている人間が、やはり本戦でも活躍するのだろう。

感覚が麻痺しているというと語弊があるかもしれないが、レアル・マドリードに2ゴール決めてから、チームも命運を左右するプレーオフ昇格戦に挑み、リーガ・エスパニョーラの1部で10番を背負い強豪と連戦をかまえるという体験はもはや自分には想像がつかない領域にある。

 

柴崎に恐ろしいところはクラブワールドカップに参戦が決定していた時点、いやもしかしたら浦和レッズとCWC場権をかけて試合をしていた時期からある程度この未来についてイメージし計算していただろうと感じさせる部分にある。

想像をしていなくとも何かしらの重要な試合に対して最大限の準備ができているのかもしれないし、現実に起きた試合以上の舞台について詳細な計画を練っているかもしれない。

本当にワールドカップの本戦に必要なのはこういった人材であり、「本番に強い選手」というのはどういった選手であるかというのもサッカーファンが見ていかなければならない要素だ。

特に前大会の本戦で苦戦した選手が多数存在した事実を見てそのことを強く思う。

代表を背負う人間がどういった選手であるべきなのか、魔物が潜むと言われるW杯で何ができるのか、ブラジルでの試合を見ていて自分はそう感じさせられた。いざという時頼りになるタイプの選手とそうでない選手の二種類が存在する。

 

サッカーはメンタル競技だという抽象論でこのスポーツを片付けてしまう事は適切ではないのかもしれないが、そういった要素は間違いなく存在すると言っていいだろう。

 

最近の日本サッカー界には明確に「スター」という存在が欠けている。一人の選手をスターシステムによって過剰に持てはやすことはもちろん良くないが、今はそういった選手が待ち望まれている時期でもある。

 

日本サッカーの未来を託すことができるような存在、次なる世代として台頭してくるような存在、もしそのような姿を想像するのであれば柴崎岳という存在に行き着く。

新しい革新者が登場し始める時には何かしらの予兆や複線のようなものが存在することが多い。

危機を救う人間というのは現れるべくして現れる、ポエム調になってしまうが柴崎岳からはそういったオーラを感じずにはいられない。具体論と抽象論が複雑に絡み合うサッカーというスポーツにおいて曖昧なイメージは軽視できない局面が存在する。

理路整然としているようでしておらず、それでいて時としてそこに真理の片鱗を感じる時もある。

なぜだろう、勘だと言われればそれまでだが不思議と柴崎岳に期待せずにはいられない自分がいる。

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