elken’s blog

ジャニーズとサッカーを中心にあらゆることを評論するブログ

2026年アメリカ・カナダ・メキシコ共催W杯←今から8年後

いつの間にかロシアW杯くらいの頃に決まっていた2026年のワールドカップの開催地はアメリカ・カナダ・メキシコの共同開催となっている。

漢字にすると「米加墨共催」になるので、墨に米を加えると例えるとなかなか覚えやすい。

 

正直なところ2022年のカタールワールドカップに自分はそれほどワクワクしていない。

カタールの場合、結局暑さの問題が解決できそうになかったことで史上初の冬季開催と決まり、日本の季節で言えば11月から12月ということになっている。中東のカタールと言われても正直地味なところがある印象は否めず、実際カタールリーグなどの試合もそれほど盛り上がっていないのが現実だ。

カタールという国は中東アラブ諸国の中では比較的西洋化の路線を取っているので外国人労働者や観光客も多い。しかしそれでもスタジアム内でアルコールが禁止されるという話もあり、世界がサッカーで盛り上がるというイメージがあまり湧いてこない。

「産油国がオイルマネーを投資し華やかな大会が開催される」という期待は抱けそうにもないのが現状だ。

 

2026年

しかし次の2026年のワールドカップは、アメリカ、カナダ、メキシコと北中米を縦断するだけでなく出場国が48か国に拡大されまさに世界が盛り上がるビッグイベントだ。

今までワールドカップに出られなかった国が、初出場国になることでどのような影響があるのかという事も含めて新しい見どころは多い。

ワールドカップに世界最高峰のサッカーの試合という競技性を求めている人はもしかしたら反発するかもしれないが、グローバル経済やインターネットによって世界中がつながるフェスティバルだと考えた場合非常に面白そうだと自分は考えている。

 

2018年現在の今から8年後だと考えれば、英語を学んで観戦のための資金を作っていけば現地で旅行ついでに試合を見ることも可能になる。最近の日本人は海外旅行にそれほど夢を見なくなっているが、このビッグイベントに8年後参加できれば面白そうだと考えるだけでもワクワクしてくる。

サッカーファンの人生においてワールドカップは4年周期のある種の指標になっているので8年後の人生設計も含めて想像は膨らむ。

 

特にアメリカのMLSは発展が目覚ましく、もしかしたら8年後にはサッカーが四大スポーツの一角を占めているか五大スポーツという呼ばれ方をされているかもしれない。

メキシコは伝統的にサッカーが根付いており、実質的に三度目の開催という事にもなる。メキシコの人口は1億3000万人と日本と互角で、更に新興国だと考えれば日本がJリーグ開幕から日韓ワールドカップに向かっていくまでの熱狂に似たような物が起こり得るかもしれない。

アメリカ社会におけるスペイン語の浸透と、メキシコの発展を考えれば英語に続きスペイン語もサッカーファンにとっては必要な言語だろう。南米からの観客も当然多く参加することが予想されるのでスペイン語も現地での観戦を充実する手段になり得る。

カナダはこれまでサッカーの世界ではアウトサイダーであったが、事実上初の開催を迎えることでサッカー面のインフラも充実していく可能性がある。

 

とにかくこの大会、参加国と開催国、両面において過去最大規模のワールドカップであるどころか、人類がこれまで経験したことがない規模の壮大なイベントになるポテンシャルを持っている。

縮小傾向にある日本社会に生きていると、どうしても小さな日常にばかり視野が狭まり夢や希望にワクワクするということが少なくなってくる。

そうしたときに華やかな未来を想像することは人生を生きる上でも一つのモチベーションになる。その意味で自分は8年後、このワールドカップを現地観戦するというのが人生の夢でもあり、その時には今の自分より大きく成長していられればという思いもある。

 

昔の日本にはそうして何かに向かっていくエネルギーというものがあった。

東京五輪が終わってからの日本はもうそうして何かに盛り上がっていく国ではなくなるだろうし、その東京五輪ですらこれだけ揉めている。東京五輪が決まった頃や、二度目のワールドカップの開催に向かっていた頃は「日本のハイテク技術で次世代のスポーツイベントを盛り上げる」という前向きな機運があったが、もう今は技術だけでなく文化や制度の面でも遅れているのが現実だ。

そうして後ろ向きで下降気味の国になっていくのだと思うと、どうしてもワクワクすることは外にある時代だ。

 

ただしサッカーに関してはこれから新しい時代を迎える可能性がある。

日本サッカーの育成改革も、草の根の活動によって現場に携わる人々が本当に一生懸命やってくれているしサッカーは数少ない日本に情熱が残された分野だ。

比較的に外に目を向けている人がや世界に前向きな人が多く「伸びしろ」がある。

 

久保建英が26歳ほどで、堂安律が28歳だと考えればちょうど今の若い世代の選手が良い時期に開催されるのもこの2026年米加墨共催W杯の見どころだ。

また近年アンダー世代の大会でも結果を出しており、着実に現場に積み重ねられている育成ノウハウが花開けばさらに上の年代でも結果を出す可能性がある。

 

また現在では決まっておらず未定であるものの、中国がワールドカップを自国で開催するというのはほぼ既定事項だ。サッカー好きの習近平が長期政権を敷いており、これからもサッカーへの投資は続いていく物と思われる。

「中国は中々進歩しない国」だというのがかつての日本人の感覚だったが、もはや今では先進的な物の多くが中国で実験開発されている時代だ。

確かに粗はある物の国策で何かを大々的にできる国は、考えもしなかったような非日常的なものを作ることをやる。

電子化やインフラ整備に関してはもう完全に中国が世界をリードしており、サッカーファンが夢見る新時代のワールドカップはもしかしたら中国が成し遂げるのではないか。

 

仮に2030年に中国開催となれば、二大会連続超大国で開催されるということになる。

その時に日本が内向きの小さな日常さえあればよく、世界のことは関係ないという国になっているのか、それとももう一度夢に向かっていく国になっているのか。

本田圭佑が「世界は中間層が増えている」と語っているように、むしろ世界はこれから始まっていく。