elken’s blog

ジャニーズとサッカーを中心にあらゆることを評論するブログ

世の中クズしかいないことを教えてくれるカイジとかいう漫画

世の中クズばっか、正直者は馬鹿を見る。

その真理を教えてくれる漫画がまさにカイジだ。

潔いほどにクズばかり出てくる、登場人物全員クズ。

自分がそれまでに見てきた漫画やアニメと言えば架空の世界にしか出てこないような素晴らしいキャラクターばかりだったし、その理想世界に自分を投影している側面もあった。漫画やアニメというのは素晴らしいキャラクターを見て楽しむものだ、現実がクズばかりなのだからせめて二次元の世界は綺麗なものを見たい、そう思っていた。

なんでわざわざそんな現実みたいな世界を創作の世界でも見なければならないのかと。

 

しかし見てみればこれがハマるハマる。

今まで見てたきれいごとの世界がどうでもよくなるほどこの世界は抜群に面白かった。オタクの願望でしかない萌えキャラしかでてこない萌えアニメばかり見てた頃が馬鹿馬鹿しくなった。登場人物全員クズのアニメ最高やん!

自分の場合アニメ版カイジの方を先に見たので、アニメに情熱がなくなっていたことが嘘だったぐらいに一気に見進めた。あまりにも面白かったので漫画もその後に読んだぐらい登場人物キャラクターがとにかく魅力的。薄っぺらい萌えアニメキャラクターなんてどうでもよくなった。むしろ伊藤カイジかわいい。伊藤カイジかわいいし、班長かわいい、一条もかわいい。

こいつらとにかくイキイキしてる。こんなキャラクターは願望を投影しただけの萌えアニメの世界には出てこなかった。当時は男キャラいらねぇよとかおじさんキャラばっか出てくる尖った顎のアニメなんか見る人の意味が分からなかったが、むしろ一度はまるとこの画風じゃなきゃダメになる。

しかも雰囲気とか作品の世界観がとにかく絶望的。

綺麗なお花畑の世界ではない。むしろ人生に行き詰ったときに見ると面白い。それゆえに中高生があまり見ても面白くないと思うし自分もその時はハマらなかった。人生に行き詰って失敗してる時に見るから面白い。

作品の世界全体に漂う底辺感や貧乏感がとにかく共感できるし面白い。

カイジの世界程世の中の底辺やクズが集まった作品もないし、自分もその一人だからそこに落ち着きを覚えたと側面もあったのかもしれない。結局アニメって自己投影や願望、自分の共感を求めるから面白いわけであって理想世界の学園アニメなんて見ても仕方ない部分がある。充実してるならそもそも見る必要がないし、見ても虚しいだけ。萌えアニメにはまれる時期というのはその虚しさに気付く前のわずかな時間だけ。

そういう意味でカイジの閉塞した世界観とそこで頑張る数々のクズや無能たち、そしてカイジの土壇場のひらめき。これらが本当に面白い。

特に一番好きなのはやっぱり地下チンチロ編

このエピソードの一連の出来は神懸ってる。

カイジ、地下労働生き!」またこの作品、ナレーションも凄く良い。

カイジナレがいるからこの作品は更に魅力的になってる。

最初班長イイ奴なのにどんどん本性表し始めるけど、でもそこまでいってもどこかコミカルなのが最高。「ノーカン、ノーカン!」は本当にかわいい。

普通こんなデブのキャラって優しいことが多いけど、限定じゃんけんで出てきた安藤とかいうデブもまたクズなんだよなぁ。福本さんデブに恨みでもあるのかってぐらいデブにクズしかいない。自分も最初班長とか安藤はいいキャラでてきたなと素直に騙された。俺は絶対この世界で生きていけないな、と思い知らされたよね。

あとやっぱり遠藤さん最高。遠藤さんクズいしもろ悪役なんだけど結構好き。カイジキャラで一番好きかもしれない。沼編でちょっとだけいいところみせるけどそれでもシビアなところはシビアな闇の世界で生きてきた住人。沼編で落ちぶれてる遠藤さんいいよね。

そして一条聖也。最初OPで見たとき女性キャラかと思ったけど、実は男性キャラ。一条も超悪役だけどやっぱりどこか魅力がある。血のマニキュアとかガチの畜生行為だけどそれでも諦めないカイジと、悪役徹底してる一条もまた魅力的。なんだかんだでお互いの実力認め合ってるのは、真剣に戦った関係性なのかなとも思う。その結果1500年地下行きが決定したけどそのごの福本さんの発言ですでに地下を出ていることが明らかに。「這い上がってこい」と言われた通り見事に這い上がってきた一条。

その一条も元々仲間に嫌われていたり、帝愛グループで最初は下っ端だったところからちゃんと成り上がってるのがこの世界の魅力。地下で出てきた後カイジと再会するのか、もう一度再戦するのか、それとも共闘するのか。仮にでてきたとしても素直に組むことはなさそう。絶対どこかで裏切るのは間違いない。一瞬味方になって裏切るのが一番一条らしい感じはする。最近スピンオフ作品が多いから、利根川、班長に続いて一条の作品も作られそうな感じはする。女性人気もかなり高いキャラだからその内本当にありそうで楽しみ。

あと他にはしょぼい雑魚キャラも魅力。

こいつらの小物感ほんと好き。絶妙に小物なんだよなぁ。

エセ関西弁の船井とは最初のかませやられ役キャラだし、エスポワール編で他に出てきたカイジと最後戦って負けた茶髪のキャラも小物感あって好き。

あと金髪の佐原もいい。アイツの発言に「社会に入っていけないんすよ」ってあったけどそれ結構響いた部分があった。社会ではじき出されたしょぼい若者感があるし、カイジもその1人。こういうしょぼいキャラばっか出てくるのがこの作品の魅力。

最後かわいそうな終わり方だったけどもその佐原が報われないあたりこの世界らしい。電流で消えて行った無名の無能に比べれば佐原はまだ有能だけど最後見抜けないあたりが佐原の限界。というよりこの鉄骨渡りの観客にしろその設計を考える帝愛にしろゲスい奴ばっかりなんだよなぁ。

こういう大人のゲスさも含めてこの世界全体の面白さ。

社会にはゲスとクズばっかだということを教えてくれるのがこの漫画、アニメである。

しかしそのクズにもどこか魅力があったり、人間らしさがある。

人間の弱い部分や醜い部分をこれでもかというぐらい描き切った最高の名作だと言えるのではないだろうか。

宇佐美貴史はもうオワコンなのか?

一昔前日本サッカーファンを壮大に期待させた選手がいる。

宇佐美貴史だ。

誰もが彼を天才だと褒め称えついに日本にもワールドクラスの選手が現れた、バロンドールもありえるかもしれない、将来は安泰だというような雰囲気があった。冷静な見解を持つ者はわずかで南アフリカワールドカップ後の上り調子の雰囲気もあいまって人々は彼に期待しそして宇佐美自身もバロンドールを取るというような発言すらしていた。

 

その宇佐美が今完全にくすぶっている。

ガンバ大阪から再びドイツブンデスリーガへと渡ったこの元天才はそこで輝きを見せることができていない。アウクスブルクという2部的なサッカー、フィジカルサッカー、中小クラブ的なサッカーになじめずまともな出場機会がほとんどなくもはや宇佐美貴史は消えかかっている。

二度目のブンデスリーガ挑戦に誰もがワクワクした。

一度目の時はまだ若かった、2度目の挑戦は間違いなく本気であり背水の陣でありJリーグで鍛えなおした実績がある、代表にも呼ばれた、そういった期待感があった。

 

しかし二度目のドイツ挑戦の現実は散々だった。

選んだチームが悪かったことは最大の要因であり、ほとんど出場していない以上まともな判断はできない。サッカーの世界では監督と合わなければどうしようもないときがあるし突然監督が変わってしまい移籍前のプランが完全に崩れ去ってしまう事もある。そういった不測の事態があったのは事実だ。

その一方でそれは練習で戦える選手だと判断されていないという事でもある。ブンデスリーガ基準の選手ではないというのはやはり現実であり、特別身体能力が高くなく足元で欲しがり少し上手いだけの選手を使う監督はいないという指摘ももっともだ。

 

もう年齢的に若いと言える年ではなくなってきている。期待にあふれたころとは違いこの先宇佐美貴史が浮上していく可能性は少ないだろう。少なくともかつて日本サッカーファンが期待したような華々しいワールドクラスの活躍に関しては期待できないのが現実だ。

自分自身宇佐美には非常に期待していて最初見たときは衝撃を受けた。

何やら凄い若手がいるかのような持てはやされ方でガンバ大阪でプロデビューするときは誰もが期待した。育成年代のワールドカップではネイマールより凄かった、サウジアラビア戦の5人抜きなど過去の伝説も凄く更にいきなりバイエルン・ミュンヘンに行くのだから当時の日本サッカーファンは大いに期待した。

骨盤パニック妄想ドリブルといった独自のドリブル理論を語り、少年期の伝説について話すその姿は期待に満ちていた。しかしバイエルンでは当然ながら出場機会に恵まれずレンタルで別のチームに行くことになる。実はこのバイエルンの時も監督が代わっていて、獲得を望んだ監督が退任している。

 

その後ホッフェンハイムでは圧倒的な活躍をしたわけではないが左サイドから5,6人抜いたゴールを決めるなど才能は見せつけた。当時の自分は、19,20歳ぐらいの選手でこれだけのプレーができる選手はごく限られた選手しかいないと思い期待したがその後Jリーグガンバ大阪に復帰することになる。

しかしこの時のJ2,J1での活躍は圧巻だった。

まさにドイツでの鬱憤を晴らすように大活躍し「タカシ・ウサミという反則外国人」とまで言われるようになる。シュートの振りの速さが日本人離れしている、シュートは日本人最高クラスに上手い、そういって誰もが褒め称えた。

怪我でワールドカップに行けないということがあったもののその後の活躍も健在で遂に再び海を渡ることになる。

 

その結果今に至るというわけだ。

結果論で言うならばブンデスリーガよりもたとえばオランダリーグあたりでのびのびと攻撃に専念させてもらえた方がその才能を発揮できたかもしれない。

よく宇佐美について誰でもできないことができるが誰でもできることができない選手だと言われる。自分の得意パターンに入ったときはうまさを見せるが自分のやりたいサッカーができない時に上手く行かない、楽しくサッカーをやれてない時は消えてしまう。

何年も前から言われてる問題が結局改善しない、足元だけの選手でありボールをもらう動きがよくない、天才ともてはやされた結果基本的なことが身につかなかった、などと言われる。

日本のユース育成は家長と宇佐美の失敗に学ぶべきだとも言われるし、こうやって天才だと持てはやすことは選手に基本的なことが身につかない要因にもなると指摘される。

その結果今になってそういったプレーに挑戦し始めるが身に着けてこなかった基礎的なものを20過ぎてからやったところでプロの水準にはならない。

 

それよりはやはり誰にもない才能を磨いたほうがよかったのではないかと感じざるを得ない。不得意なことを頑張ってもそれは絶対的にその分野を磨いてきたライバルには敵わないわけでありその道のプロが大勢いる。それらの選手に対抗して平凡な選手になってしまったのが今の宇佐美なのではないか。

今更やってこなかったことを練習してもプロには敵わない。宇佐美貴史は自分が得意なプレー以外は正直言ってプロの水準にはないのが現実だ。そんなものをやったところで間に合うはずがないのである。

例えば名門私立大学受験のために3教科だけ特化してきてやってきた選手がいきなり国立大学に進路変更して世界史や化学をやったところでもう間に合わないのと一緒だ。正直宇佐美貴史はその部分を捨ててきたタイプの選手だ。今更3教科以外のことをやってももう遅い。

それよりはやはりそのまま名門私立大学を目指すべきだったのかもしれない。それはオランダあたりでのびのび特技を伸ばすことだったともいえる。そういったワンパターンな選手は現代サッカーで通用しないとも言われる。しかし宇佐美貴史はその道を究めたワールドクラスの選手とかつて共に過ごしたことがる。

 

アリエン・ロッベンだ。

かつてバイエルン・ミュンヘンでチームメイトだった時期がある。

宇佐美貴史ロッベンについて何度か語っておりわかっているのに止められなかったと言っている。無理にゴールパターンを増やすよりも同じことを極める、彼のように同じことの中でバリエーションを増やすタイプの選手になったほうがよかったのではないか。

このままいけば確実に平凡な選手として終わるだろう。28歳ぐらいの時に宇佐美貴史とは何だったのか?と言われるだろう。そして「日本サッカーファンを壮大に勘違いさせたオワコン選手」と揶揄されるに違いない。実際自分も勘違いした。 

それよりは日本のロッベンになるべきだった。

一芸に秀でた選手、突出した個性をもう少し日本の育成は重要視するべきなのかもしれない。宇佐美貴史は今平凡な選手で終わろうとしている。

それなりに能力を兼ね備えた選手はいくらでもいる。そういった選手を量産するだけでは世界に対抗できないのではないかと自分は思う。

確かにロッベンも本当はカットインだけが全てではなく様々な工夫もしているし、そういった特技以外の能力も必要でありその能力が特技をさらに開花させることもある。

 

しかし今になってそういう特技以外の部分ばかり求められすぎているのではないか。

日本人の考え方として「原点方式」な部分がある。できることよりもできないことを指摘する傾向にあるのだ。

かつて中澤はブラジルではヘディングが強いセンターバックはヘディング凄いと言われるが、日本では足元ができないことを言われると言っていた。宇佐美も同じだ。今になってできない部分ばかりクローズアップされているが、もう20過ぎた今その道を今更やってもプロに対抗できるわけがないのだ。

原口のように適応できたケースは稀である。

そしてそのような場合にできることはやはりクラブチームを変える事だろう。合わないチーム、出られないチームならばレンタルでも移籍することは当たり前だ。見切りをつけるなら早い方が良い、とにかく安定して出場機会が確保できて得意なプレーを発揮できるチームに行くのが賢明だ。攻撃サッカーを重視するオランダリーグに行くのもありかもしれないしロッベンの出身リーグでもある。

仮に宇佐美貴史が自分の得意なプレーができるチームに移籍で来て今活躍できていたら、今宇佐美を批判している人の多くが賞賛していたかもしれないし、ロッベンですら選ぶチームが悪ければもしかしたら活躍できずに批判されていたかもしれない。

どのチームのサッカーにも合うような選手などほとんどいない。合わないチームがあることは当然であり、その合わないサッカーに無理に適応して時間を浪費することは本当に宇佐美をオワコン選手にさせる可能性がある。もう一度宇佐美本人も、そして日本サッカーファンも宇佐美が本来得意なプレーを見直す必要があるのかもしれない。

仮に今までできなかったことができるようになったとしても数年後平均的な選手に終わるだけなのではないだろうか。それよりは自分にあったチームや理解してくれる監督に出会う事が大事なのではないかと思わずにはいられない。