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elken’s blog

ジャニーズとサッカーを中心にあらゆることを評論するブログ

本当にサッカーに必要なフィジカルとは何なのか

日本サッカーが世界に通用しない理由にしばしば「フィジカルが弱い」という事があげられる。フィジカルという言葉はあまりにも抽象的であり汎用性が高い言葉のためにとりあえずフィジカルと言っておけばいい風潮すらある。

そしてフィジカルがないと結論付けて終わるのが日本のサッカー議論の日常になりつつある。

 

しかしサッカーにおけるフィジカルといっても多岐にわたりその言葉一つで語りきれない要素がある。我々サッカーファンはあまりにも万能すぎるこの言葉に頼りすぎてきたのではないか。

その言葉を使えば何か問題にアプローチできたような気がして解決した気分になってしまう。日本人サッカー選手はフィジカルがダメだ、と言えばすべてが済んでしまう。

 

しかしそもそも日本人サッカー選手のフィジカルは本当に海外選手に比べて劣っているのだろうか。

むしろフィジカル要素では負けておらず真の問題は他にあるのではないだろうか。その言葉を使うことによってもし真の問題が明らかにされずにいるのならば問題だ。

実際海外のサッカー関係者が日本人のフィジカル要素を見たとき優れているという言葉をよく目にする。外国人監督などが使うフィジカルとは「身体的要素」という意味が強く数多くの意味を内包している。

しかし日本人はどうしても体の強さや頑丈さのことだけを考え「フィジカルサッカー」「フィジカル頼み」「フィジカルが足りない」というように意味を限定して使っている。

フィジカル

また体の頑丈さとボディバランスの区別もあまりつけられていないのが現実だ。体の強靭さ(strength)ボディバランス(body balance)は別の要素であり強靭さが無くてもボディバランスを身につけることは可能だ。

例えばメッシやダビド・シルバモドリッチのような選手は非常にボディバランスに優れているがストレングスという面ではロメウルカクイブラヒモビッチのような選手には敵わないだろう。しかしながらボディバランスを鍛えることによって互角以上にわたりあっている。

2m級の体格が無くてもボディバランスがあれば彼らに対抗できるが、日本のサッカー評論においては彼らは技術が優れていることばかり論じられてボディバランスの部分は触れられないことが多い。彼らの真に見習うべき要素はテクニックの部分だけではなくボディバランスなのだ。スペイン人サッカー選手やアルゼンチン人サッカー選手は日本人と身長は変わらないのになぜこうも違うのがという議論において、身体能力の面で真に考えなければならないのはボディバランスだ。

高反発でも低反発でもない、「人肌感触マットレス」

まさにボディバランスこそがサッカーに必要不可欠な第一のフィジカル要素でありこれらは後天的に鍛えることが可能だ。もし日本人サッカー選手の育成を本気で考えなければならないのであればもっとも究めなければならない要素の1つはボディバランスだ。海外の選手に当たり負けしないための勝機はそこにある。

平均的に日本人選手が2m級の身長を手に入れて白人のような上半身の分厚さを身につけることは不可能だ。しかしボディバランスは成人してからでも十分に鍛えることができる、そこを徹底的に鍛える事に勝機は見いだせる。

しかしそもそもフィジカル要素だけを単体で考える議論にも意味がないのも事実だ。サッカーとはさまざまな要素が連動してそのプレーが発生するスポーツだ。たとえばドリブルの局面においてボディバランスと体の強靭さに加えて加速力やアジリティ、ボールタッチの精度や、フェイントや切り替えしのアイデアとイマジネーション、そしてどの方向にどのタイミングでドリブルをするか、スピードに緩急はあるか、その緩急に駆け引きはあるのか、などが加わってくる。

・ボディバランスや体の強さ

・加速能力、アジリティ、緩急

・駆け引き、アイデア、創造性、イマジネーション、判断

・ボールタッチ、技術

これらの要素が高度に組み合わさってサッカーというのは行われる。どれかが突出していてもどこかがダメならば効果的なドリブルはできないし突出している部分が無くても上手くそれらが連動しているならばなぜか抜けてしまう場合もある。突出した能力がないのにスルスルと相手を抜いているように見える選手はこれらの連動が非常に上手い。

 

またドリブルの後に何をするかも大事だし、ドリブルをするかしないかという判断も大事だ。パスやシュートできっちり終わることができるかも大事でありドリブルは手段だ。何かをするための手段でありそれ自体が目的ではない。

そのためドリブルをしないという判断やいつドリブルをするかという駆け引きのうまさも大事になってくる。

更にそこに味方との連動も加わってきたりスタミナがなくて後半ドリブルの精度が落ちれば意味が無かったりする。

ドリブルという1の要素に10,20の要素が複雑に絡み合ってくるのがサッカーだ。そのために1つの要素だけを特定して議論することは間違った判断を生みかねない。

アジリティも必要だしボールタッチの繊細さも必要だ。アジリティだけが高くてもボールコントロールが上手くなければその身体的要素の強みは半減する。逆にどちらともが平均的に高ければそれらは掛け算となり大きな能力となる。どこか1つだけを鍛えれば急に能力が伸びるわけではないのがサッカーだ。

全てが複雑に絡み合っている世界でありそれらをフィジカルで一括りにしてしまうと解決策は見えてこない。フィジカルにもさまざまな要素があるだけでなく、フィジカルを問題視しすぎることで本当の問題点も見えてこなくなる。

もしかしたら我々日本のサッカーファンはこの言葉の扱いにもう少し慎重になる必要があるのかもしれない。