elken’s blog

ジャニーズとサッカーを中心にあらゆることを評論するブログ

アルコール依存者が抱える心の闇、いつまでも頼り続けてしまう泥沼の現実

辛いときにお酒を飲む、人生の上手く行かなさに疲れた心をアルコールに頼る、それが習慣になってしまえばアルコール依存症だ。

いざという時は酒があることが精神的な心のよりどころにもなっていたり、飲める時は常に飲んでしまう。飲んでいなければやっていられない、そういう人は大勢いる。

例えば世界的にアルコール中毒者が多く社会問題にもなっているロシアでは「酒が入ってる時が普通。むしろしらふの状態がおかしな気分に感じられる」という意見もある。

飲める状態なら飲んでおきたい、それくらい人生には悲しみが蔓延している。

特にロシアは旧ソ連時代の末期に深刻な物資不足や経済の落ち込みを経験し、近年経済成長が著しい中でも格差は深刻であり一部の勝者を除いて多くの敗者が存在する。

ロシアといえばウォッカというぐらいにロシアでは飲酒が生活の一部になっている。

 

そして自分自身もそんなアルコール依存者の一人である。それほど深刻というわけではないがお酒を飲むことが習慣になってしまっている。精神的な苦しさを酒で和らげる、唯一頼れるのが酒。そんな状態になっているのだ。

アルコール依存の泥沼は深刻だ。

とにかく何かを先延ばしにしてしまう。

今日はこれで楽しければいいとなってしまい、人生の山積した問題の解決をあと回しにしてしまう。とにかくいろんなことが面倒になり後回しにする習慣がつく。しかしがんばれない、むしろ問題は大きくなりますます解決が難しくなる。その内そんなことはどうでもよくなり人生を諦め今この時間を楽しむ刹那的な生き方になる。長期的な計画が一切できなくなり、もう普通の生活には戻れない。

ここから頑張っても苦しみしかない。そうなると頑張る気がしなくなって今日飲むことで現実逃避に走るのだ。

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元々何かの失敗から深刻なアルコール依存は始まる。自分もいきなりアルコール依存だったわけではない。きっかけは人生の失敗からだ。その失敗が嫌になってどうすることもできなくなり、先行きが見えないところにお酒があった。

もうこの状況から這い上がれない、這い上がろうとしても失敗する、やることなすことうまくいかない。そういう苦しい状況の時に唯一癒してくれるのが酒だった。悲しく哀れで無価値な存在だ。社会にはこういうどうしようもない奴がいる、そしてそれが自分だったんだ。

一度落ちぶれれば人生なかなか這い上がれない。そのどん底の中で唯一の楽しみが酒。そしてそのどん底に住むことに慣れて、日々の酒だけを過ごす。

カイジの地下労働者たちがもはや這い上がることなどどうでもよく、ペリカでぼったくりの食品や酒を買うシーンがあるがまさに彼らのようになっている。自分はもう何をやっても上手く行かないんだなと諦めとにかく酒に逃げる。

人生に失敗した人間の典型的パターンだ。

飲んでいるときは現実逃避できる、明日でいいやという考えになる。

アルコールがなければ今日は楽しめばいいやという考えにならない。なぜなら楽しいことが無いからだ。しかしアルコールはそんなド底辺の人間にも楽しみをくれる。よほど人生が上手く行っていなきゃ味わえないような楽しみをどん底の人間でも味わえる。

ここから頑張って人並みの楽しみを得ようと思っても、通常の3倍努力をする必要がある。等倍の努力をするだけでも過酷なのにその3倍。

それよりは今てっとり早く楽しむことが優先になってしまう。長期的に考えられない、脳がやられてしまった人間の末路がこういった依存症である。

どうしても辛いとき、この状況から3倍努力をして這い上がろうとなれる人間は限られている。そもそもそこまでメンタルが強ければこんな状況に落ちぶれていない。

どん底の状況に落ちぶれる時点で駄目な人間、そして這い上がることはダメな人間にしかできない。まさに泥沼。奇跡でも起きない限りこの状況からは救われない。こんな夢も希望もない人生が毎日のように続いていく。

そんな中に唯一ある光が酒だ。

傍から見れば悪魔のような薬物に依存しているようにみえるが、この状況にいると酒が天使に見えてしまう。これもアルコール依存者の特徴だ。

客観的に冷静に見れば間違いなく悪魔の飲み物である。

しかし当事者にはそれが天使の飲み物に見える。

新興宗教にはまっている人間が、その怪しい宗教を神様だと本気で信じているようにアルコール教にはまればその怪しい飲み物が救いをもたらす天使のように見える。

 

お酒自体はそれほど危険なものではない。世の中の多く人が飲んでおり完全に飲まないという人は限られている。飲まなくていいなら飲まない方が良いし強制すべきでもないし、飲めないことは恥ではない。

ただとにかくお酒は多くの人が飲むしありふれたものだ。規制されるべきだとは思わない。

アルコール飲料が真に危険なのは人生に行き詰った人間が飲むことだ。人並みの人生や幸福な人間がその幸福度を高めるために飲むのならば最高の存在だろう。

しかし行き詰った人間や負け組的な人間が飲むともうそこから這い上がれないメカニズムを作ってしまう。これが危険でありアルコール依存のメカニズムなのだ。幸福な人間は飲まなくても楽しいときは楽しいから飲まずに済む。そこまで重度な習慣にならない。一方楽しいことが無いような人間が飲んだ時にこの飲み物は危険な悪魔の飲料になる。自分が警鐘をならすのであれば、上手く行ってない時に飲酒という習慣を作らないことだ。

芸能人でもアニメでもスポーツでもなんでもいい。それらが心のよりどころになるのならば酒や薬物よりよほどマシだろう。アルコール依存になる前に何か他の心のよりどころ見つけられるかどうかで人生は大きく変わる。またアルコール依存者も酒以外のものを見つける努力をする必要があるのかもしれない。大事なのは酒だけに頼るという状況をなるべくつくらないことだ。

自分がまだ深刻になっていないのは他に趣味があるからでもある。本当に他に趣味がなくアルコールだけになってしまえば取り返しのつかない事態になる。なるべく酒を飲まない時間を少しでも増やしていく。完全に飲まないという事には戻れない。しかし1日の終わりに飲むという習慣にだけでも全然違う。完全に止めなくてもいいという事実は安心感をもたらす。目標は飲む量や飲む日を減らすことだ、まずはそこからスタートしていかなければならないと自分でも思っている。