三八式歩兵銃といえば旧日本軍で正式採用されたボルトアクション小銃である。生産量も非常に多く戦争物の映像作品にもよく登場するので日本での知名度は非常に高い。またその国産の伝統的な小銃でありその神話性、伝説性から旧日本軍マニアを中心に高い人気を集める。皇道精神や大和魂の流れる小銃と言えばまさに三八式歩兵銃になるであろう。
しかしそういった話を抜きにしてもこのボルトアクションライフルには魅力がある。20世紀や戦争の激動の時代を生き抜いたまさに歴史的な魅力が。現在自衛隊では89式小銃が使用されているが実戦を生き抜き数々の戦場を戦ったこの38式歩兵銃にはそういった歴史の奥行きを感じるのである。
そこでそのいくつかの魅力を列挙してみたいと思う。
1:命中精度が高い
38式歩兵銃は性能面で言えば各国列強とも劣らない程の性能があり特に命中精度に関しては折り紙つきだ。日本刀のような切れ味がこの三八式にはある。第二次世界大戦では日本軍の主戦場がジャンルグルになったが元々は満州や中国大陸、ロシア・ソビエト連邦での戦闘が想定されていた。そういった巨大な大陸の平原を考えたときまさにこの銃の命中力は最大の武器になる。日露戦争で日本軍は二〇三高地の激闘を戦った。そういった経験から日本軍は大陸での戦闘を想定していた。元々日本軍は大陸進出の機会を探しておりこの銃が作られた時代背景を考えるとまさしく妥当な設計と言える。
実際この銃は世界各国に輸出され現代を含めても日本の武器の中で最も海外に売れた銃と言っても過言ではない。今だにいろんな国で猟銃やスポーツライフルとして通用しているのを見る限りその基本設計の優秀さがわかる。そもそもボルトアクションは一九世紀に基本構造が完成されているので現代で通じるのも不思議ではないが戦前に作られたものが現存して稼働しているという事に歴史の長さを感じられずにはいられない。
そして仮に日軍が北進戦術をとっていたならばこの銃の評価は今日変わっていたかもしれない。ソビエト連邦の場合日本陸軍以上に機械化された陸軍だったので小銃だけでは何とかならないが仮に独ソ戦の状況で日本軍が背後から進行していた場合この三八式歩兵銃は猛威を振るっていたかもしれない。ロシア大陸のシベリアを舞台にその長距離での命中力を発揮する日本軍の三八式とソ連軍が力を入れていたソ連狙撃部隊との対決というのもしかしたらあったのではないだろうか。
2:時代背景がかっこいい
やはり三八式最大の魅力は明治、大正、昭和という激動の時代を生き抜いたことにあるのではないだろうか。大日本帝国という今とは違う価値観や雰囲気の時代にこの銃が使われていた。本銃への考え方も「天皇陛下から頂いた物」という考え方であった。また当時の日本は徴兵制であり日本人男子ならば銃に触れる機会が多く狩猟というのも現代より行われていた。そういう時代の日本人が抱く印象と、銃規制が厳しくなり徴兵制が廃止され銃に触れる機会がほとんどない現代日本人が銃というものに抱く印象はそもそも違うのかもしれない。
当時は日本軍兵士になることを心から国への貢献と喜んで考える人も当然多かったであろう。日本が列強として強くなっていく時代にこの銃は少年にとって憧れだったかもしれない。祖父や父親、兄、親戚の年長者から聞かされる38式銃の体験はもしかしたら憧憬の念を抱かせるものだったかもしれない。戦争ごっこという物が子供たちの間で一般的だった時代において憧れの武器だったとしてもおかしくはない。
またこの銃が使われた時代は必ずしも第二次世界大戦だけではない。第一次世界大戦における青島の戦いや、満州事変、国内の出来事で言えば2.26事件。たとえば2.26事件で青年将校やその鎮圧に携わった兵士がこの銃を担いでるシーンなどはどこか浪漫がある。当時の青年将校文化では武器の改造もあったのでもしかしたらこの三八式歩兵銃も改造されていたものが存在したかもしれない。2月の寒い東京でこの三八式がどう当時の人々の目に映ったのだろうか。そういうリアルな時代背景に何か厳粛なものを感じざるを得ない。
3:銃の全長が長い
三八式といえばやはり多くの銃ファンの間に長い銃というイメージがあるはずだ。実際銃剣を装備した場合もはや166cmほどの長さになり当時の日本人男性の平均身長並になる。非常に長いことは間違いなく列強の主力小銃と比較しても長かった。そしてその長さが前述の命中精度の高さに寄与したことは言うまでもない。小口径かつ全長が長い事によりもたらされる安定性により抜群の命中精度を誇ったのがこのライフルだ。
またその長さにより白兵戦に向いていた銃であることは間違いない。銃でありながら白兵戦の武器としても活用できる強さがあった。しかし実際の所白兵戦性能を意識して長くされたわけではなく実際は三十式歩兵銃の改修を急ピッチで行ったことによってこのような長さになったようだ。
いずれにせよこの小銃が白兵戦に向いていることは確かであり実際戦争物の映画等でも38式は突撃に使われているイメージが強い。三十八式と言われてむしろ銃撃戦より銃剣突撃の方がイメージできるほどに白兵戦のイメージが強い。そしてその銃剣戦術というのは今日銃剣道として現代の日本でも受け継がれている。
実際に銃剣道は自衛隊内でも訓練されており競技人口や大会参加者のほとんどが自衛隊員や自衛隊出身者のようである。そのように戦前から38式で行われていた訓練が現代も脈々と受け継がれている。もはや一種の槍の様であり遡っていけば戦国時代の槍の戦術にまで源流はたどり着くかもしれない。そういう意味でやはりこのこの小銃は日本を象徴する銃のように思われる。当時の近代列強の主力ライフルにはそれぞれ個性があるが日本の三八式もまた個性を感じさせる銃である。
4:いわば国民的な銃であったこと
現代において三八式歩兵銃について語るのは一部の軍事ファンや銃ファンだけである。しかし当時の日本では多くの男性が三八式の使用経験があった。なぜなら徴兵制だからである。お爺ちゃんだともしかしたら三十式だったかかもしれない。そうやって家族や親せき、友人との日常会話でもしかしたら三十八式の話題が出ていたかもしれない。「三十八式の使い方のコツはこれがいい」
「徴兵終わったけど三十八式が懐かしく感じる」
そんな話がもしかしたら行われていたかもしれない。今の時代そうやって日常会話で銃について話すことがないので銃という物がそれだけ一般的だった時代の感覚は不思議である。中には実戦で撃ったことがある人もいたかもしれないしその話を聞かされることもあっただろう。そういう国民文化に根付いた銃だったと考えられる。三十式を含めれば日露戦争から歴史がある銃である。当時の日本男子のほとんどが使用経験あったのは間違いないであろう。今考えると世の中の男性のほとんどが銃の使用経験があるというのは考えられないがまさに当時はそういう時代だった。現代でも徴兵制が残る国々はあるが恐らくその国々では銃の使い方について日常会話で語ることがあるかもしれない。
まさに日本近代化や列強としての躍進の象徴がこの小銃であった。
そしてその銃が多くの人に語れ、また使われてもいた。そういった歴史の重みがまさにこの三八式歩兵銃の魅力やかっこよさなのではないかと自分は考えている。多くの歴史的な出来事や歴史的人物の傍らに常にあった。そう考えると本当の深みの出てくる銃である。