elken’s blog

ジャニーズとサッカーを中心にあらゆることを評論するブログ

タッキー&翼はなぜKinKi Kidsになれなかったのか

タッキーこと滝沢秀明と翼こと今井翼からなるユニット「タッキー&翼」、通称タキツバはジュニア時代の活躍や人気を考えるとまさにエースとエースの組み合わせともいえる豪華なユニットでもある。

滝沢秀明はまさにジュニア黄金期を率いたリーダーであり、今井翼も人気の高いメンバーだった。しかし彼らのデビューは後ろで踊っていた嵐に先を越されその嵐は大活躍。今現在タキツバはブレイクできているとは言い難い。

 

この例はまさにジュニア時代の活躍がデビュー後もそのまま通用するとは限らないことの典型としてジャニーズファンの間で語られ、「タッキーの全盛期を長く続いたジュニア時代で無駄にしてしまった」「デビューの時期を先延ばししすぎた」とも言われている。

そしてこのタキツバ以降ジャニーズで2人組のグループがデビューすることはなくなり、「シンメ」と言われる関係もジュニア時代のものだけになったり、大人数グループの中で真ん中に一人若手を加えてシンメを継続するという形式が多くなっている。

Kis-My-Ft2玉森裕太を真ん中に置いて、藤ヶ谷北山を分ける。

Sexy Zone佐藤勝利を真ん中において、中島菊池を分ける。

Mr.King→高橋海人を平野永瀬の加えて3人組にする。

 

ジャニーズ事務所の判断として2人組というのは一般向けにはヒットしないという判断を下しているのかもしれない。あくまでジュニア時代にライバル構図として育成する時に2人組を使い、一般デビューではグループ売りというのが今のトレンドになってきている。

 

しかし「2人組は一般受けしない」という例外としてKinKi Kidsが存在する。むしろこの2人は2人組ユニットでなかったらブレイクできていなかったかもしれない。それどころかKinKi Kidsはジャニーズの歴史に残る程の活躍をしており、今現在もその活動は幅広く、2人で持つ番組多い。

本来2人組というのは「どちら派か」ということが語りやすく、ドラマや漫画でも2人のライバル構図というのは多い。上手くいけば決して2人組のユニットがヒットしないわけではない。KinKi Kidsは硝子の少年やフラワーなどをリリースし間違いなく一時代を気づいた。グループの中の2人組ではなくたった2人だけのグループとして活動している。

その一方第二のKinKi Kidsを狙ったともいえるタキツバはブレイクしたとは言い切れないのも事実だ。キンキとタキツバにはどのような違いがあるのか。

 

その最大の理由はメンバーの組み合わせによるのではないだろうか。

決してタッキーと翼のデュオが悪いというわけではないが、あまりにも堂本兄弟の完成度が高すぎる。

KinKi Kids堂本剛堂本光一のバランスは苗字も同じで2人がちょうど良い実力関係になっておりバランスのよい対比になっている。2人に差がなく意見が分かれやすい。

その一方でタッキー&翼滝沢秀明今井翼は正直なところで言えば滝沢秀明のほうが世間一般の知名度は圧倒的であり、今井翼との対比を知っているのはジュニア時代からのファンのみであり世間一般の知名度で言えば「タッキーともう一人」という差があったことは否めない。

またグループ名がそのまま2人の名前を使ってしまったことでイメージが固定されてしまったことも要因かもしれない。KinKi Kids堂本剛堂本光一のグループというだけでなく「KinKi Kids」という1つの存在にもなっている。必ずしも堂本光一堂本剛のファンだけがファンではなく、KinKi Kidsのファンという層も存在する。

しかしタキツバの場合、グループ名としてメンバーの名前や特に滝沢秀明の存在感を推しすぎてしまったようにも思える。元々タッキーのソロデビューを計画していたらしく、どうしても今井翼と活動したいと考えた滝沢秀明の希望によりこのような形になったと言われており、ジャニーさんとしてもグループ名を考えていなかったのかもしれない。

 

曲のコンセプトなどは正統派のかっこよい曲や浪漫を感じさせる雰囲気のものが多く、KinKi Kidsとこの部分では似ている。しかし時代が移り変わっていたこともKinKi Kidsとの違いを生み出した要因ではないのだろうか。ある意味KinKi Kidsの曲は90年代だからヒットした曲ともいえる。

そもそもKinKi Kidsが2人組としてヒットしたこと自体が例外中の例外であり基本的にアイドルはグループ売りをした方がいい時代になっていった中で、タキツバより嵐の時代になっていったことは歴史の流れともいえる。

今後ジャニーズから2人組のユニットが登場することはあるのだろうか。そしてそれはブレイクするのだろうか。芸能史的な意味合いでもそこに注目していきたい。