高校生クイズは頭脳の甲子園時代に戻してほしい!
頭脳の甲子園時代も批判はあった
あんなのはちゃんと勉強してる人からすればさほど難しくないのに
大げさに「難問!高校生にはできない!」と言い立てている、とか
早押しも過去問にあるようなものばかりで高校生クイズ自体過去問ゲーとか。
何よりがり勉を見て何が楽しいんだと。
ただそれでも頭脳の甲子園時代の方が凄味があった
路線変更以降の優勝校は覚えてもないし、大してすごくない連中が優勝している。
こいつら凄いという説得力がない
開成高校の田村正資や伊沢が無双してた頃のほうがこいつらすげえ!という感覚があった
路線変更後一回目は確か東南アジア言ったりフランス行ったりしてたけど
「台風の目」という誰でもわかるようなものを答えてクリアだったり
決勝まで残った慶応の子たちを完全モブ扱いというかやられ役扱いしてたり(結局優勝したのに)
とにかく不評だった。
2回目は確かアメリカいった奴だと思う
あれは多少難易度が高くなりバランスはよくなった。
それなりに工夫されていてテレビ番組としても面白かった。
スタジオでずっと一流進学校のがり勉が難問をこたえていくだけにくらべたら映像としては華があった
でも何か普通の高校生感というものがある。
頭脳の甲子園時代はこいつらすげえ奴らなんだなと感じたけど
路線変更後はもっとすごい高校生いくらでもいるやろ感がある。
例えば野球の甲子園ならこいつらより野球うまい高校生ほとんどいないという感覚で見られるし
高校サッカーに関しても同じ(ユース所属の人がいるにはいるけど)
だけど頭脳の甲子園じゃなくなった高校生クイズなんてほんとどこにでもいるような連中
普通の偏差値だし去年京都の高校が「凄い進学校」みたいに持てはやされていたけど
実際には偏差値も大したことなく、ツイッターで「我々が京都1の進学校です」と書きつつも学校で起こってるとても優秀な学校とは思えないネタ的な画像を貼っていたり
そんな学校じゃねぇよ!とその学校を知ってる人たちがコメントしたりしていた
つまりその程度の進学校でも出場できるし、その程度の進学校を一流高校と持てはやすしかない状況なのである。
確かに普通の高校生が頑張ってる感をお茶の間は求めているかもしれない
だが視聴率はどうなった?
頭脳の甲子園時代のほうがよかったというデータもある。
普通の高校生より、たまにはそういう凄い高校生を見たいというのもまたお茶の間の気持ちである
がり勉ががり勉をみて喜ぶ番組ではなく、勉強とは無縁のような人でも頭脳の甲子園をみてすげぇ!と思いたいのである。
甲子園を見る人が皆野球経験者、スポーツできる人ばかりでないように
頭脳の甲子園を見てすげぇ!と思いたい層も数多くいるのである
去年優勝した奴は確かに凄かったし勉強もできる奴だった
ただそれでも開成田村に比べりゃ大したことない
田村の再来がワシは見たい!田村や伊沢みたいな奴をワシは見たいんじゃ!
という事で頭脳の甲子園時代に戻してください!
まぁ戻ることはもうないかもなぁ、と思いながらもやっぱり今夜の高校生クイズ見ようと思う。
そもそもなんで頭脳の甲子園時代を神格化するかと言ったら
自分が最初にみた高校生クイズがこの時代
小中の頃は興味なかったけど、高校生になると同じ高校生だ!という事で興味を持った
というかそもそも参加した。
ワシはあの大会に参加したんだぞ!田村と同じ大会にリアルタイムで参加したんだぞ
言ってみれば「てょ」こと斎藤佑樹と同じ時代にその大会に参加したようなものだ!
俺=田村世代
なお予選敗退の模様
ペーパーテスト部門にさえ進出できなかったよ
周りが無能だったから~(味方批判)
いや自分も無能でしたけどね。
俺ちょっと物知りだぜ?的な自信を打ち砕かれたよね
そんなんじゃ通用しないくらい意味不明な難問出てくる。
まぁ過去問とかで慣れてる人じゃないと厳しい、日常でつけた知識じゃ難しい。
ただ運が良ければ勘でマルとかバツ、ABCみたいなのがあたって進出できる
でもペーパーテストで落ちそう。
そもそもあんな大会誰でも参加できる。
甲子園も予選とかでさえ、まず野球部内でレギュラー争いとかあるけど
高校生クイズはチームさえ組めば誰でも行ける。
参加したら何か景品もらえるし芸能人も近くで見れるし
なんだかんだいって思い出になるから全然勉強できない人でも参加したほうがいいと思う。
実際明らかにネタできたというかお祭りだから来てた人もいっぱいいたしね。
あの会場の雰囲気を味わえるだけでいいんだよ!
ひと夏の思い出。
アイスもらえるし
だから高校生とかこれから高校生になるような子はどんどんこの大会に参加して
この大会をすたれさせないでほしいなぁと思う。
参加してるとやっぱ本大会の放送を見るときの感情が違うよ。
高校球児として甲子園目指して予選少しでも参加したことがある人が甲子園見るとやっぱり
「俺はあの場所を目指していたんだな」って思いながら見れるしね。
本当は適当に野球やってただけだとしても、一応参加したっていう事実はあるわけで。
そういう事情も含めて自分は頭脳の甲子園時代に拘りがある。
なんかようわからんアトラクションいいから、ガチでヤバイ問題だしてほしい。
それを見て勉強にもなるし、ああいう風になりたいとモチベーションが上がる人もいる。
勉強かっけえ!と思う人が増えれば日本の知識水準も上がると思う。
実際、それで受験勉強へのモチベーション高まったしね。
(三日坊主だったが、東大を三日だけ目指していた)
あとそういう難問でたまに答えられるのがあるのがいいんだよね。
「俺これ知ってるわ、俺すげえええ」ってなるのが楽しみ
頭脳の甲子園時代は予選がスカパーかなんかで放送されててそれも見てた。
地方の予選だとかなり簡単な問題が多かったけど、東京予選みたいなのになってくると予選から相当な難問だった。
そんなものをすらすら答えていく開成田村正資の凄さ。
リアルタイムで見たときは本当に凄いと思った
「こいつには何から何まで勝てないな」と。
今はそういうスター選手が出てくるようなシステムじゃないのが残念だなと思う。
キンプリとKAT-TUNはデビュー前に大人気という共通点がある
京本大我やジェシーのいるSix tonesのほうがステージの雰囲気としてはKAT-TUNっぽい。
ギラギラした雰囲気のある男がかっこいいと思うようなグループになりそうという意味ではそう感じる。
ただMr.King vs Mr.Princeのほうが現状six tonesより人気だし、このデビュー前の盛り上がりはKAT-TUNっぽい。
初期KAT-TUNはギザついてただけじゃなくキラキラ感もあった
キンプリのキラキラ感は似てなくもない。
KAT-TUNの全盛期はデビュー前後で人気が凄かった
real faceの売り上げが凄いし、当時自分自身何度も聞いていた。
キンプリは勝つんだWIN!みたいな曲もあるし意外とそういうかっこいい路線なこともやってくれそう。
ここは似ないでほしいなとも思う。
キンプリのこの感じ、デジャヴか?と思ったけど
キンプリはメンバーの仲よさそうだし、平野紫耀が雰囲気よくしてくれそうだから大丈夫な気もする。
ただ神宮寺勇太と永瀬廉がオラつきはじめて、ギスギスしはじめてくるとヤバイ
赤西仁と亀梨和也も昔は双子みたいとか言われて仲良かったらしいしキンプリだってどうなるかわからない。
まぁでもこのグループは大丈夫でしょ
脱退しそうな雰囲気はないし、脱退すれば誰も得しないというのはKAT-TUNとNEWSの先例を見て本人たちもジャニーズ事務所もよくわかってるだろうし。
以外なのが永瀬が結構オラついてる
見た目では永瀬廉が高橋海人の性格してそうで、高橋海人が永瀬廉の性格してそうなんだけど実際は逆なんだよね。
キンプリがヒットすることは間違いない。
KAT-TUNの再来的な光景が見られるかもしれない。
ジャニーズ事務所もかなりキンプリにかけてきてると思う。
人気メンバー6人を惜しみなく組ませる、これはジャニーズの本気
KAT-TUNは全員イケメンだったけど全員が人気というわけではなかった
キンプリは2人の人気というよりも全員イケメンで全員人気というのが最大の違い
逆にこれで流行らなかったら終わりだからキンプリのメンバーにかかる重圧も凄そう。
もうこのグループがどうなっていくか楽しみでしかたがない。
ちなみに個人的キンプリイケメンランキング
1位:平野紫耀 好感持てる顔、性格よさそうな上にイケメン
2位:岩橋玄樹 かっこいいというよりは可愛い系 整ってる
3位:神宮寺勇太 ちょっとチャラいが引き締まっててかっこいい
4位:永瀬廉 困った子犬みたいな顔をしていてかわいいが性格は結構オラついている
5位:高橋海人 綺麗な錦織圭 男らしくてかっこいい顔だが、まだ性格も含めあどけない
6位:岸優太 大学生感のある顔
Mr.Kingの平野紫耀君が面白すぎる
最近ジャニーズjr内のユニットMr.Kingに所属する平野紫耀君の勢いが凄いことになっていて、次期デビュー最有力候補とも言われている。平野紫耀の見どころはまず何と言ってもそのルックスやパフォーマンスであり、正統派ジャニーズとして本当にかっこいい姿が人気の理由でもある。
バク転やバク中は迫力があり高い身体能力によって圧巻のパフォーマンスを披露し、これぞジャニーズだという王道のメンバーでもある。まさに逸材の中の逸材でありデビューがもっとも期待されるジュニアの1人だ。
少年倶楽部などでパフォーマンスをしたときはそのオーラが凄く、まさにジャニーズになるために生まれてきたような存在感が彼にはある。ジャニーズの中のジャニーズ、これがアイドルという雰囲気があり間違いなく天才でもある。
しかしその平野紫耀の魅力はそういったパフォーマンス面のレベルの高さやルックスだけにとどまらない。
平野紫耀君最大の面白さはなんといってもそのキャラクターにある。
「天然」と称させる平野の言動はまさに予想不可能。常にぶっ飛んだ発言をし、他メンバーから伝えられるプライベートのエピソードも破天荒。
特に有名なのは「エリンギプール事件」である。
エイプリルフールのことをエリンギプールだと勘違いしていた発言はまさに彼の代名詞。仮にその発言が狙っていたものだとしてもエリンギプールという謎の造語を思いつくというところに発想の凄さを感じずにはいられない。
もはやその天然が本物か偽物かなどという事は関係ない、仮に偽物だとしてもそれはそれで逆に凄いし本物ならヤバイ。普通の人間ならばエリンギプールという言葉は練ったとしても出せない。本物でも偽物でも間違いなく誰にもまねできない
どちらにしても面白くぶっ飛んだキャラが見る者を楽しませてくれる。ジャニーズというのはファンを楽しませてくれることが大事であり、平野紫耀は全てを兼ね備えている。
普段の天然キャラからジャニーズモードに入ったときは本当にかっこよくまさに天才である。あれだけイケメンで運動神経もよく、それでいて普段はちょっとお馬鹿。少女漫画にもなかなかいないような完璧なキャラが平野紫耀であり、彼が実在の人物だということが衝撃である。
平野紫耀は本当に実在するのか?と思うぐらいぶっ飛んだキャラであり、こういうメンバーが実在するところがジャニーズの魅力でもある。一刻も早くデビューしてほしいし、ジャニーズファン以外もその存在を知るレベルになってほしいなと思う。間違いなく次世代ジャニーズを引っ張っていく存在であり、平野がいるならば次世代のジャニーズを任せられるというぐらいの頼もしさがある。
最近のジャニーズはかっこよさやパフォーマンスだけでなく面白さも求められる。特にお茶の間ファンやジャニーズファン以外にも「この子面白い子だな」と認めてもらうにはそういったキャラの面白さも必要になる。少年倶楽部を見ていても最近のジャニーズjrは面白い子が多い。
今まさにジャニーズは面白さの面でも激戦区の時代になってきており、その中でひときわ輝きを魅せる平野紫耀にはやはり誰もが期待をかける。一体彼はどこまで成長するのか、平野紫耀の快進撃に注目せずにはいられない。
デビューしたときは現在のファンが驚くほど大きなブレイクをするかもしれない。
見た目は読者モデルのような雰囲気があり間違いなく今の時代に流行るタイプのイケメンであり、最近少なくなってきたバク転の出来るジャニーズでもあるためジャニーズらしさを発揮することもできる。
そして前代未聞のとんでもない天然キャラでありその面白さは誰にもまねできない。
そのぶっ飛んだエピソードは聞いているだけで面白くトークでみせることもできる。
まだ一般バラエティの出演は少なく一般知名度はまだ高くないが、いずれ一般バラエティに出演したときは「この平野君という子面白すぎでしょ!」となることは間違いないだろう。イケメンであり最強に天然、そんな平野紫耀君のこれからの活躍に期待せずにはいられない。
なぜ個人ブログで語る人が少なくなったのか
1:考察系ブログや個人ブログはオワコンなのか
どうでもいいことを考察するのがオタクやブロガーだった。
今の時代特定のジャンルしか考察してる人がいないというか変なことを考察してる人前に比べ検索で見かけなくなった。
語る人が減ったわけじゃないけど個人ブログで熱心に語って考察してる人は減ったように思う。もうブログがそういうツールじゃなくなってるのかもしれないし他にちょうどいいツールができたのかもしれない。
語ってても検索に特化したビジネス記事とかまとめサイトとかの方が上に来てしまう。個人のリアルな感じで考察してる感がなくなってきている。
よく言われることだけどもネットが整備されすぎてしまったのかもしれない。
2:語りたい人は人が多く集まる場所に集まるようになった
確かに今でもマニアックな内容で語る人は多くいる。でもそういう人ってたいてい掲示板とかまとめサイトのコメント欄みたいなところに集まってる。昔はそういうことを語ってる人は個人ブログみたいなのでもっと語っていた。
恐らく人が集まってるところでしか話したくない心理がそうさせている。
議題で盛り上がってるスレとかコメント欄では皆冗舌に長文で話す。
それは凄く面白い内容の時がある。 このコメントは面白いなぁというのが多い。
人間の心理としてやはり誰かが話しているから自分も話したくなるしコメント欄は議題をくれるのでそこに参加したくなる。そういう議論は確かに見ていて楽しいし中にはかなり鋭い意見がある。
こういう人たちがもっと個人ブログをやれば絶対面白いし、この意見を書いてる人が本格的にブログやれば面白そうだなぁと思うのにあまり皆個人ブログで熱心に考察しない。それが何かもったいなく感じる。その意見をしっかりブログ記事にやったら凄いものが完成しそうなのになんとなく人が集まってるコメント欄でちょっとだけ語る。
3:まとめサイトコメント欄には面白い人が大勢いる
例えば自分はサッカーのまとめサイトをみるけどコメント欄に熱心に語る人が多くいるんだよね。そういう人たちが真面目なサッカー考察サイトを作って年中理論を書きまくれば絶対いいものになると思う。最初は誰も見てないかもしれないけどそれが積み重なると多くの人が見るようになるしそれが日本サッカー発展のためにもなる。
もっともっとそういうサッカーブログとか考察ブログが増えていけばいいけどもまとめサイトでちょっと語るだけで済ませてしまうのが惜しい
あとはツイッターにしたりとか。144文字の気軽さと反応の集めやすさ、交流の楽しさもあいまって今何かを語る人はツイッターに集まっている。昔だったら個人でブログをやって考察していたり持論を語っている層がツイッターに集まっている側面はあると思う。
もはやそういうアカウントすら持たずSNSも自分のサイトもやらずネットでは最低限の通販アカウントしか持ってない人とかも多いはず。そういう人は匿名掲示板やまとめサイトのコメント欄の時だけ書き込むことが多い。こういう人たちって考察すれば面白いのに結局コメントをちょっとかいて終わり。個人ブログで100%の力を出し切れば相当ボリュームある物が書けるぐらいの知識がある人が、まとめサイトのコメント欄で10%ぐらいの知識しか出していないのはかなりもったいない事のように思う。
勿論そういう人たちの中にはブログを持ってる人もいるだろうけど。
こういうまとめサイトやスレの問題って賞味期限があることだと思う。
いくらいいことを言ってもその意見そのものは結局検索では人目に付きづらい事。何十人もの主張が集められてるから目立つが同時に1人1人の意見はそれまで重要視されていない。人が多く見てるからその時は人目に付きやすいけど結局埋もれていく。消費型コンテンツになっている。
自分の主張をしっかりまとめてブログやサイトで1つの記事にした方が主張が残るという意味ではいいと思う。
ブログというシステムはいくらでも長いこと書けるから長く語りたがる人にとっては最良のコンテンツ。そしてそういうのをじっくり読みたいという人も世の中にはやっぱり多くいる。
4:今の時代はカジュアルさとコミュニケーションが大事
でも現状やっぱり流行ってるのは活況とした場所の一言二言書くスタイル。
みんななんとなくそのとき活況としてワイワイとしてるところにコメント残して一体感を味わいたい。
こういう場所は人と会話してる感じになれるというのは大きい。
個人ブログは基本的に孤独との戦い。
あまり通りすがりの人からコメントがあるわけじゃないしいつも見てる人もそんなコメントしないで見てるだけというスタイルが多い。自分も正直人のブログみてもコメントしようと思わないしね笑。ブログって基本コメントしにくいシステムなんだよね。
誰かがコメントしてる時はさらにコメントしやすいけどいきなりコメントがないところに書きこんでいいのかな?みたいな雰囲気もある。そういう意味で活況とした場所は参加がしやすい。参加型コンテンツや誰かとやるコンテンツが今の時代受ける。
反応の来やすさとか気軽に書ける感とか一体感においてはまとめサイトコメ欄や掲示板、SNSの方が今の時代人気を集めやすい。結局長々とブログを必死に書くよりもツイッターで適当なことを書いてリツイートされることのほうが嬉しい時代になったんだよね。自分もツイッターしてた時はそうだった。今はブログで一人長文で語ることの面白さに気付いているけども慣れないうちは一人で語ってる気になってしまい続かない時期もあった。そういう意味じゃまとめサイトコメ欄とかSNSというのは現代人にとってつかず離れずのちょうどいい「居場所」なんだろうね。
そういう居場所感は現代のネットにおいて大事でブログでも実際の所交流重視でやっている人もいる。
はてなブログでもはてなスターという制度があってツイッターやフェイスブックにおけるいいね!のようなもの。自分はそういう人間関係すら億劫になって廃止したけどやはり人間関係があるとやる気とか嬉しさはあがる。
ただネットって検索で見てる人が多いからあまりそういう「ネットのいつもの人間関係」ばかり意識しすぎるとSNS依存症みたいになってしまう。いつも見てる人ばかり意識していてもその人だっていつ見なくなるかわからない。人間関係は楽しい物であると同時に鎖にもなる。それよりは人間関係を気にせず一生懸命書いたほうがいいしいつも見てる人も多分そういう物の方が面白いと思うんだよね。
5:今時のネットで一人でやることは受けないし楽しくない
SNS全盛期の時代、ネットはどこでもかしこでもコミュニティが大事である。
カジュアル、コミュニティ、コミュニケーション、この3Cがネットコンテンツに置いては重要。そういう中で一人マジになって語ってる個人ブログはオワコンになりつつある、というよりもやっていて楽しくないと考える人が多くなった。結局ブログというのはガチでやろうとすると難しいことが多くて敷居が高い部分もある。実際やってて思うけど間違いなく時間が必要。そんなすぐに何かが変わるわけではない。その時間の大部分を一人で過ごさないといけないというのは現代のネット3C時代において難しいこと。
反応依存症とか誰かと一緒にいたいということもあいまって現代では個人ブログで一人語ることは時代遅れのスタイルになりつつある。ブログがオワコンだとか言われるのもそういう理由。
でも自分はやっぱり一人じっくり見てるとか検索で見てる人とかをもっと重要視したいし、ネットで一時的に誰かと仲良くしたり一体感を味わうよりもなんとなく誰かが見ていればいいとか反応はないけど見てる人は多いとかそういうことの方が気軽で楽しくなってきた。
ブログやネット投稿をやり始めのころは「反応」「交流」「一体感」を求めていたけど、今はそういう事よりも自分のこの記事が多くの人に見てもらう事の方が大事。1人の反応よりも、10人がじっくり見てくれてる方がありがたいしその10人は反応はしないけども今後もまたじっくり見てくれるかもしれない。一時的な反応はうれしいはうれしいけどそればかり求めていては良いものは書けない。あとは反応とかいつも見てる人を意識しすぎると書きたいことを書けなくなったりとか。
6:コミュニケーションに勝る快楽はない
今の時代流行るコンテンツはほとんどがコミュニケーションツールになる物になっている。何度も書くけどもマニアックなことを個人的に考察して自分の考えを大量に書いてる人は少なくなった印象。
個人のコアでガチな意見よりも大人数の意見を気楽に読めるまとめブログのようなものの方が今日日流行るし需要がある。それを読んでいるとまるで自分もその会話の中にいるようで一体感がある。
みんな個人ブログやらなくなってその代りにまとめブログやってコメントを集めるかそのコメントに参加するかという時代。コミュニケーションをみんな求めるようになった。コミュニケーションに勝る快楽はない。ゲームとかもそうだよね、どんなにいいゲームでも一人でやってるとつまらないし駄作ゲームでも誰かとやってると楽しい。どんなにいい料理も誰かと食べるファストフードに敵わない。
もう今皆コミュニケーションや誰かを求めてる時代なんだよね。そういう意味じゃ反応が気にくいブログはぼっちスタイル
コミュニケーションというコンテンツがあらゆるコンテンツに勝る時代。
ツイッターですら全盛期に比べて落ちて究極延々と身内で話すLINEのほうが主流になっている。結局皆確実に反応が返ってくる身内との会話の方が楽しい時代に戻った。実際自分もスカイプのチャット機能で中学以来の友人と適当に話すのが日課だしね。個人ブログで長々と書いても無反応だけど身内コミュニケーションツールだったら一行でも反応が来るんだよね。そりゃ皆後者のほうが楽しくなるよね。
そういう時代にあえて反応を求めないこともありと主張したい。なんでもコミュニケーション重視の世の中になりすぎていないかと。そんなにコミュニケーションが大事かと。反応が来にくいことも利点で反応がないからむしろ気軽に長々と書ける。自分は最近ブログにそういう考え方を持つようになっている。誰かが静かにじっくり読んでいてくれればうれしいし、誰かの考え方のヒントになってるとか時間つぶしになってるってことが凄くうれしい事。なんか自分がだらだら語る感じで、どこかの名も知らない誰かがダラダラ読んでくれるのが一番楽しい。
ネットのほとんどがコミュニケーション目的のものになって皆反応ばかり気にして反応を懇願する。そんな光景は客観的に見ていて楽しいものではない。
個人ブログでも固定ファンからコメントを集めているブログは存在するけど、たいていの場合他のユーザーと社交辞令のようにコメントし合ってるだけ。コメントしてくれたからお返しでコメントするというのを長期間続けている。
本当に通りすがりのアカウントを持っていないユーザーがいつもコメントをしている個人ブログって数%もないと思う。ほとんどのブログが誰の書き込みもない状態。
今まで見てきた限りではそんな感じ。読んでる方としては反応しにくい、逆に反応されにくいことがメリット。
真面目な言論コンテンツとしてブログは生き残っていく。
いつも誰かとカジュアルに話してるだけじゃつまらない。時にはマジに語りたくなる時がある。そういう時の物としてブログは生き残っていくだろう。
7:ガチで語る場所としてブログを持つ
何もブログだけでやる必要はないんだよね。他にいろいろツールを持っていてその複数の中の1つとしてブログを持つというスタイルが今後主流になるのではないか。ツイッターだけとかじゃなくて、いろいろなメディアを自分が持つことが大事。
例えば自分は今では削除しているがツイッターを持っていたし、現状ではこのブログともう1つピクシブというイラストサイトのアカウントを持っている。
ガチ身内と語る時はLINEやスカイプ、絵で何かを発信したい時はピクシブ、ガチに語りたい時はブログ。コミュニケーションはツールとしても他で持っておき、反応意識せずに一人で長々だらだらやるツールとしてブログもまぁ持っておくと。そして絵が描きたい時はピクシブ
要は使い分け。普段はリアル会話やLINE,SNS,BBSもやりつつ持論を語る場としてブログも持っておく。そういう感じで個人ブログという場もあったほうがいい。
やっぱりカジュアルな会話ばかりだと飽きるから無限に語れるブログというのはちゃんと語りたい時にあるとすごく便利。それが個人ブログ復権とかなんでもコミュニケーション偏重な風潮の是正にもなる。ブログがあまりにも難しいものというイメージをもつよりも何か数多くある自分のメディアの1つとしてカジュアルに持つというのが今後のトレンドになるかもしれない。SNS登場前はブログが一番簡単なツールだったけどもそれがさらに簡素化してツイッターになった。そうなった今では逆にブログをちょっとガチな場所として使うという考えが必要かもしれない。
本格的なものを書き上げたいって時はやっぱりブログがいいししっかりと残る。
8:ブログのライバルは動画か?
でもそもそも今そんな時代ではないのかもしれない。
しっかりとした凄いものというよりもいろいろなものがカジュアルに手頃にという時代ではある。そして本格的に作るならば動画という時代になってきている。それでもやはりこういうテキストメディアはなんだかんだで残ると自分は思う。動画で1時間語った動画は多分誰も見ないし実際に動画として使用されるのはほんのわずかな部分だけ。けれども1時間懸命に書けば書くだけブログ記事は良い記事になる。長ければ長い分だけいいというのは書く側としてはむしろ気が楽。1時間語っても無駄になる部分が多いし1時間も見ると結局疲れる。なんだかんだで動画って疲れるから文章の方がいいという時代に戻るのではないか。
動画は数分で見る、文章ではがっつり見るという時代になるかもしれない
文章というコンテンツはまだまだ可能性がある。そういう意味で自分はブログという物をまだオワコンだとは思っていない。
EURO予選 トルコ代表VSオランダ代表 3-0でトルコの圧勝 感想
トルコ代表っていいね
独特なエキゾチックさがある。
トルコホームの試合の魅力は凄い
謎の音楽が流れてるし、荘厳にトルコ国旗が飾られてる
これぞまさにホーム
こういう愛国心が伝わってくるチームや国というのは魅力的
トルコは世代的に若い人が多くてこれからという国だし、愛国心も凄い
トルコリーグもプチバブルというかサッカーが優遇されていて所得税がちょっとしかかからないのでビッグネームがあつまってくる
フランスリーグとかサッカー選手にもっと課税しろ!という風潮だけど
トルコリーグは逆に国の優遇を受けまくってる
こういう風にサッカー、そして国としても盛り上がっていく感じというのは衰退がささやかれる日本と比べると羨ましいと思った。
何よりあの雰囲気は素晴らしい。そんな見る機会ないけど、こういう珍しいものが見れるのもサッカーの魅力
亜細亜と欧州の中間にある独特な魅力を備えたトルコという国
偉大な歴史があり、開幕前に流れる音楽はまさにオスマントルコ軍が出陣というような雰囲気だった。
トルコ代表と言えば、名前も面白くかっこいい
ギョクハン・インレル、ハカン・シュキル、ハカン・チャルハノール、メスト・エジル(トルコ系)、イルハン、ヌリ・シャヒン
何かトルコには面白い魅力ある。
歴史的にはオスマントルコが強かったしトルコ代表も謎の魅力がある
ドイツなどの欧州各国でトルコ移民が問題になってたり、こういう侵略していく勢力の本拠地的な魅力。不気味な魅力、悪役的な怖さがトルコ代表にはある
この良くも悪くも欧州とは違うエキゾチックなトルコという国のサッカー代表
客観的に見る分には非常に面白い。
既にビッグクラブでプレーする選手も多く、前述のように政府や国民の後押しも熱い。移民も本国の国民も含めればその人口規模は計り知れない。サッカーにおいてこれから見ていて楽しい国であるのは間違いない
そしてこの試合トルコ代表は3-0で圧勝した
前半はFCバルセロナ移籍が決まったアルダ・トゥランが活躍した。球際の激しさ、ボールへの執着は見どころだった。
ロングボールとかフリーキックとかセットプレーみたいなものって個人的には好きじゃないけどチャルハノールは本当にわくわくする。ロングボール系が好きじゃない自分でもチャルハノールのロングボールは見たいと思う。チャルハノール、間違いなくビッグになる存在。
ヌリ・シャヒンも全盛期は凄かったし、トルコはロングボールの質を重視する風土があるのかもしれない。
後半はオランダが攻めまくったけど、アイスランド戦に続きなぜか取れない。
監督も戦術も変わったしワールドカップ3位の国だからみたいなのは通用しなかった。
1つ1つのボールの競り合いで未来は変わるし、監督や戦術によって結果も大きく変わる。
それがサッカーなんだなと改めて知った。
そしてチャンスを待ち続けたトルコは3点目を決めた。
途中で中東戦法っぽいことをしていたのでトルコは欧州よりも中東に近いと思ったりした。
グーグルでTurkey is middle eastと結構検索されてるみたいだし。そこがトルコの魅力でもあると思う。
そしてオランダがユーロ出られない事が決定的になった
まぁユーロみたいな大陸別選手権って実際いらないんじゃないかと思う。
2012年のユーロでもオランダは惨敗して敗退したけどワールドカップではいい結果を出した。
逆に優勝したスペインや、アジアカップで優勝した日本代表が本大会散々だったしね。
オランダ代表はユーロでないことによって逆に進化するんじゃないかとも思う。
オランダ代表ファンは悲観することもないと思うし
日本代表だってアギーレ体制で挑んだ2014アジアカップの惨敗をそこまで悲観する必要もないと思う。
あとこういう海外同士の代表選を日本で地上波でゴールデンに放送したらどれくらい視聴率獲れるのかというのは興味ある。
有名国同士の戦い、サッカーというシンプルな競技
やってたらなんとなく見るという人も多いんじゃないかな。
自分自身サッカーにそこまで興味ないときでも、有名国同士の試合なら興味あった。
まぁこれからはマニアックなものを有料放送でコアな層が見る文化というものがもっと成熟していくと思う。
無料で見られる地上波の番組なんて、商品宣伝みたいなものばかりで質が悪い。
商品をさりげなく紹介するとか、グルメレポートとか、観光地へ行くみたいなのも結局裏で金が動きまくってる宣伝。地上波の番組は宣伝ある上に、番組内でも宣伝ばかり
有料放送にしっかり金を払ってみる文化というのが日本でも定着していくべきだと思う。
まぁコンテンツがこれだけ溢れてる時代に金払わなきゃいけないのってのは生き残っていくのは厳しいし敷居高いだろうけどね。
でもサッカーにはその価値がある。サッカーは最高の娯楽。