サッカーを見ていてとにかくあるあるなのが観客に向かって拍手するというシーン。
他にもサッカー特有の行為はある。たとえばいいパスを出した選手に通らなくてもグ~!と親指を立てたりとか。あとは観客を煽るために盛り上げようとしたりとか。
その中でも観客に向かって拍手するシーンはサッカーにおいて印象的だ。
様々な感動的シーンがこのスポーツではあった。
あのシーン、このシーン、そういう感動シーンのときに選手は拍手しているはずだ。
大体こんな感じ。日本人選手だったら特に本田圭佑がやってるイメージがある。本田さんは欧州人っぽいのでこういうわかりやすい感情表現が好きっぽい。観客にこうやって拍手するのは欧州や南米のサッカー特有の行為の1つ。
本田はほんとどこでもこうやって拍手してる印象。時々なんかうれしくない時も手を叩いてるような笑
ときどきこんな感じで喜ぶこともある本田圭佑。
とにかくサッカーにおいて大げさな感情表現はよく見かける。それだけサッカーにおいて一試合が貴重、1ゴールが貴重ということだ。アドレナリンが爆発するのがサッカーであり苦しい試合もあれば感動的な試合もある、それは選手も観客も感動させる。
サッカーにはそういった美しい瞬間がある物だ。
それゆえに選手は拍手し、観客も拍手でそれにこたえる。
なんとすばらしいことだろう。
しかし他のスポーツを見慣れてる人からすればこれは嫌に見えるらしい。もちろんそうじゃない人もいるけど、よくこれが嫌いというのを見る。言われてみればサッカーでしか見かけないし冷静に見てみれば「何きどってんねん」感がある。
海外サッカー選手がやると様になるけど日本人選手がやると寒いとかも良く聞く。
確かに日本の文化とは相いれないものではあるかもしれない。
日本は元々武道や感情表現を抑える文化であり、観客の前でも礼節を尽くすことが美徳として尊ばれる。サッカーの拍手はそういった文化のコンテキストに置いては異質なものにうつるのかもしれない。
「サッカー選手喜びすぎ」とかもよく言われるしね。この競技の1ゴールがどれだけ貴重かということをわかればあの喜び方はいいし、見てる方としてもよくやった!という感じでその喜びに共感する。
ゴールのときはそうやって喜んでほしいし、いいときは観客に向かって拍手してくれた方が見てる立場としても盛り上がる。
特に自分の場合最初に本格的に見始めたスポーツがサッカーなのでむしろこれが普通のことに見える。あまりスポーツを見てこなかったところにサッカーが来たので全部自分の考え方がサッカーに染まった感はある。
得点がよく入るスポーツとか淡々とし過ぎてて「あれゴールとったの?」っていうあっけなさを感じることもあるし拍手への批判も「え、なんで?」というように思ってしまう。これが普通じゃないかと。
とにかくなんかかっこいいよね。自主練がひと段落ついた後とかなんか自分だけでやっちゃってるしね笑
もちろん観客いないので完全に無人相手に拍手をしている。
選手の真似事という感じ。サッカーってそうやって選手の特徴的な動きを真似できるのがいいよね。ロナウドのゴールパフォーマンスを真似してこけてるちびっことか微笑ましい。痛いとは自覚してるけど自分もロナウドノパフォーマンスはなんかうれしいときにやる。サッカーでもないのに来た!とかやった!という時にあれやると結構楽しいよ笑
もちろん誰も見てないところでやる必要があるけど。
見られたら完全にヤバイ奴!
特に部屋で練習するときいいプレーができた後にすることが多い
誰も見てないのにゴールパフォーマンスもしたりする。
あとよくやるのはネイマールやイブラヒモビッチの昇龍拳みたいなやつ。いつかこれを大勢の前で披露したいという願望がある。
後はパスが合わなかったけど、今のいい感じ、また出してくれよ!みたいな意図で親指を立てる行為。
ほかには両手を広げて不満をアピールする行為。
こういうのもなんか一人でいるときにやったりする。失敗したときに「why always me?」みたいな感じでバロっぽく手を広げて不満を発散したり。バカっぽく見えるけど自分一人でいるときにこれをやると感情の発散になって楽しい。欧米人がそういう行為をやる理由がわかるよね。日常ではなかなか誰か相手にこれはできないけど一人でやると面白い。
サッカーというのは主張の世界だからこういうのが多い。
特に海外だと日本の「言わなくてもわかるはず」というのは通用しないらしい。主張しなければやっていけない世界だから行動に示さないと駄目。
だから「これはわかってるはず」というのも念のため主張しなければならない。
「そんなことわかってる」と日本人の感覚なら思ってしまうことも言葉や態度、しぐさにあらわさないといけない。
特に海外では主張することが何よりも大事。
だからこういう大げさな行為がサッカーには多いんだと思う。