elken’s blog

ジャニーズとサッカーを中心にあらゆることを評論するブログ

三大イメージが悪いサッカーサポーターが決定

サッカーというスポーツは攻撃性や過激さを刺激する要素がある事は否定できない。

言ってみれば代理戦争である側面は否定できず、南米の貧困層がサッカーを観戦し不満を紛らわしたり、欧州は都市国家以来の対立の伝統があるためサッカーが盛り上がっている。

 

逆に日本でいまいちJリーグや高校サッカー選手権が盛り上がらない理由は、根本的には日本人は平和を愛する優しい民族だからという事に行き着く。

実はこういったスポーツの健全化やクリーン化というのはサッカーだけでなく、例えば「最近乱闘が少なくなった」と嘆かれる野球についても言える。

 

それで言えば実はイングランドのプレミアリーグも最近はフーリガンが排除され、むしろ富裕層や観光客が観戦するものになり、ウルトラスを排除できなかったセリエAは時代に適応できず衰退している。

イタリアサッカー界の悲劇としてアウェー観戦に訪れたSSCナポリのサポーターがイタリア南部訛り話し方がバレしまい、ユヴェントスサポーターから暴行に合って死傷する事件があったのだが、そういう殺伐さは徐々に現代サッカーから浄化されつつある。

 

「平和のためにサッカーをしよう」というのは綺麗ごとであり結局サッカーが盛り上がっている地域というのは治安が悪いことが多い。

無理にサッカーが富裕層やインテリ層に愛される優雅なスポーツだというイメージを作る必要はなく、むしろそういう粗暴さは現代において残していきたい文化でもある。

 

そういう意味で「イメージの悪いサポーター」や「柄の悪いサポーター」が何なのかを語っていきたい。

まずこれは圧倒的に「スペイン2強」であり、紛れもなくツートップだと言っても過言ではない。

逆にレアル・マドリードやFCバルセロナのサポーターが品性方正で紳士的な良い人たちだったら、それはむしろつまらないし良いイメージをもたれたいとすら思っていない人が多い。

 

個人的に自分は日本人でありながらバルセロニスタを自称しているのだが、別に「良い人たち」だとは全く思っていない。むしろシャビ・エルナンデスが「世界中がバルサに心酔している」と言っている傲慢ともとれる姿勢に共感しており、「俺ら以外アンチフットボール」という姿勢を貫いている。

引退後のシャビ・エルナンデスが「最近バルサ以外のサッカーを見ていても面白くない、でもバルサを見てると涎が垂れる程美しさに魅了されるんだよね」と気持ち悪い発言をしていたが、バルセロナサポーターというのはその領域に近づかなければいけないと自分は考えている。

シャビ先生の気持ち悪さや小柳ルミ子の痛さはバルサオタがある意味見習うべきであり、2ちゃんねるで「頼むバルサ」と言っていたヤバイ思想を持ったバルセロニスタやバルサ避難所に常駐しているようなこじらせた奴らが多くないと面白くない。

そういう意味でむしろバルセロナというのは自分のようなオタクの集まりになってほしいという変な思いはある。

 

逆にレアル・マドリードのサポーターは「マドリーが一番偉い」とナチュラルに信じてる奴らであって欲しいし、そうでなければ抵抗し打倒する意味がない。

「マドリディスモ」と言われるが、世界中のマドオタみたいな奴らが「レアル・マドリードすごい=俺すごい」みたいな人たちであるべきであり、メガクラブの強さに自己投影しているようなサポーターが多い方が面白い。

 

自分はたまに「白オタ」に絡まれることがあるのだが、むしろおまえら煽ってこいよっていう感覚もあるし「あいつらの民度低いのは仕方ないだろ、馬鹿や頭悪い奴が多いからな」っていうバルサオタとしての自負もある。

レアル・マドリードサポーターがガチで頭が悪いインテリジェンスの無い奴らと自分は信じており、あのつまらないサッカーを見て何が面白いんだろうなと疑問に思う自分がいる。

「つまらない人間だからつまらないサッカーでも満足できるんだろうな」っていうマクドナルドでも美味しいと思う"馬鹿舌"を見下してる別のハンバーガー店ファンみたいな意識がある。

 

「レアル・マドリード応援してる奴=マクドナルドで満足できる奴」みたいな謎のイメージを通なハンバーガーショップで食べてる立場、つまり「バルサの美しいサッカー」に心酔している人間としては思うのだが、別の言い方をすればそもそもハンバーガーやラーメンで満足してる奴らそのものがサッカーというスポーツを愛している民度の低い人でもある。

どのサッカークラブが素晴らしいかという議論自体、どのラーメン屋が素晴らしいかという低俗な議論に過ぎないのだ。

 

しかしサッカーやラーメンが結局一番普及している料理なのと同じで、高級料理よりも庶民料理が普及していて、民度の高いスポーツよりも"民度最底辺"のサッカーが世界で一番人気がある。現に自分は結局日本に立ち寄って真っ先にマクドナルドに立ち寄ったダビド・ビジャと同じでマクドナルドが好きであり「あの頃に食べた味」を美化してもいる。

 

「サッカーが世界で一番凄いスポーツだからね」という自分の考え方は「ワンピースが一番売れてる漫画だから凄い、ファストフードが一番売れてるから美味い」と言ってる考えに近いが、それはそれでいい文化だと思う。

 

サッカーというのはむしろそういう喧嘩精神の発露であるべきであり、マナーの良い人が増えれば面白くはない。

自分が最近のプレミアリーグが好きになれないのはそういう富裕層や観光客の集まりになったからであり、"古き良き"労働者階級のイングランドフットボールファンのたまり場はむしろチャンピオンシップになっているのかもしれない。

プレミアリーグ=世界リーグになり、イングランドリーグの1部は実質的にチャンピオンシップだという考え方ができると言っていた人がいるがまさにその通りだろう。

「治安の悪い南米やアフリカでサッカーしてた選手や、最近まで紛争をしていた東欧や移民が増えてる西欧でサッカーしてる奴らの方がいい選手になるんだよなぁ」と日本のサッカーシーンを見ていて少し寂しく思う自分もいる。

裕福になると誰もが均質化されるという先進国に共通する現象が起きていることに謎の寂寥感も抱く。

 

「ローカル感」が失われるかどうかという意味では日本のJリーグの「コアサポ文化」のような話題も面白い。

三大イメージ悪いサポーターでいえばこれは言うまでも無く浦和レッドダイヤモンズことレッズのサポーターだろう。

「ださいたま」といえば失礼だし、むしろ自分の地元は埼玉県以下の田舎なのだが埼玉特有の絶妙ダサい感じと治安の悪い感じはむしろ好きである。

AKB48の渡辺麻友がなぜ埼玉県出身であることをそれほど語らないかと言えば「さいたま出身だとバレたら営業妨害」という思いもあるのかもしれない。

「東京に行くと埼玉県出身だとバレたらイメージ悪くなるんだよね」と思ってる埼玉の女の子はいるわけで、逆にそんなダサい埼玉を誇りに思ってる奴らってすげぇコアでもある。

 

「あんなんでも」と言えばこれもまた失礼だが実は人口日本全国5位で、むしろ埼玉を馬鹿にできる県民の方が少ないしむしろ自分は「埼玉や関東結構都会でしょ」と思っている地方民でもある。ガチ田舎からすると逆に埼玉は十分と都会だろとも思う。

そういった埼玉県を本拠地にする浦和レッズがJリーグのビッグクラブだというのは決して不思議ではなく、むしろJリーグ盛り上げているのは埼玉県民でもある。

 

その一方でやはり浦和レッズサポーターはイメージが悪い。

実際彼らの言動を見ていても個人のサポーターの民度が低いことはもちろん、クラブとしても選手の"強奪"に走り、しかも結局優勝できずシルバーコレクターで終わっているのだから面白い。

「田舎のヤンキー感」があるというか、野球の巨人を持つ東京や阪神を持つ大阪が本気を出していないがゆえにイキッってるのが埼玉や浦和であり、同時に地方らしい教養の無さや粗暴さも存在する。

 

つまり、「三大イメージが悪いサポーター」は自分たちが偉いと信じてるレアル・マドリード、自分たちは紛れもなく美しい信念と哲学を持っていると考えているバルセロナ、そして独特な地域性ゆえにイキッっている浦和レッズのサポーターだと言えるだろう。

 

この他で個人的に大嫌いなサポーターが存在しており、それは「アーセナルサポーター」である。

むしろレアルオタより自称グーナーの方々達のほうが嫌いな自分がいるほどに、アーセナルが好きな奴らとは絡みたくない。

「アーセナルの奴らうざいしムカつくよね」という思いが非常に強く、バルサの物真似ばかりしているのにいざバルサと対戦する時はチキッってアンチフットボールやるところが嫌い。

サポの奴らもなんか「オシャレ感」を気取ってるのに、実態としてはただのネタクラブでしかなく最近ではエジルと全盛期を知っているOBと勝手に内紛というか内ゲバをしてもはや草も生えない。

笑いものになるしかないのに、イジられキャラになることもできずまだイキろうとしてる感が気に食わない。

「アーセナルなんて道化しとけよ」という傲慢な意識を一番持っているのがバルセロナのサポーターかもしれない。

煽り精神で言えば「アーセナルに負けたら何か罰ゲームするけど、そもそもお前ら今季のUEFAチャンピオンズリーグ出場権ねぇだろ」っていう冷えてるか~?という感情はある。

 

逆にマンチェスター・ユナイテッドやACミランのような古豪に優しい自分もいる。

多分ACミランというのはジャニーズで言うところの「光GENJI」のファンであり、「かーくんかっこいい」と言っていた諸星和己のファンと同じように「ピッポすげぇ」といっていた懐古サッカーファンは過去を美化している。

その一方で全盛期の頃の光GENJIの大正義感やグランデミランのころに惹かれる自分もいる。華やかだった時代の昔話に必要以上に想像力を掻き立てられ、過去を逆に美化してしまうのだ。

 

そのジャニーズ例えで言えば、おそらくレアル・マドリードは『SMAP』でありバルセロナは『嵐』だとも言える。

嵐のファン層も実は変わっていて"アラシアン"だった時代と、"アラシック"になった時代とでは違う。

嵐がA.RA.SHIをリリースした初期がクライフのドリームチームで、KAT-TUNに押されてブレイクできていなかった時代にファンになった嵐オタがバルセロナオタで言うところの「ライカールト暗黒期を知っている世代」に近い。

 

逆に「ペップバルサ」やリオネル・メッシが台頭した時代はピカダブやサクラ咲ケ、WISHが人気になり始めた時代であり「ロナウジーニョの現役時代を知らない」という世代すら出始めている。

自分自身ロナウジーニョ自体はリアルタイムで知っていたが、それはブラジル代表であり櫻井翔をザ・クイズショウのセカンドシーズンで知っていたが嵐での活動は知らなかったという感覚にも似たものがある。

 

漠然と部活動や職場の先輩が絶対的に偉いという文化に逆らいたいわけではないが「ロナウジーニョのころを知らないバルセロニスタ」や「松本潤がトガッった雰囲気で花より男子に出演していた頃を知らないアラシック」という世代が出てくるのは普通の事であり、"ファン歴"の長さを競う文化というのが良い物だとも思えない。

それで言えば当時のクライフドリームチームもサッカー界では一番流行っている物であり、嵐のマツジュンが花より男子に出てた頃は最先端のブームであり、そのときファンになった人たちも結局は流行を追っていただけでしかなかった。

 

その一方でバイエルン・ミュンヘンが好きな人というのは"ガチ感"がある。

香川真司がドルトムントに移籍して以来ブンデスリーガブームが起きているが、逆にこの状況でバイヤン推してる人は奥寺康彦の頃から知っていそうな雰囲気がある。

「あの頃のブンデスリーガは凄かったからね」って言う古参サッカーファンはさすがの自分でも尊敬せずにはいられないし、逆にワンチャンその頃の思い出話を聞きたいとすら思う。

渋いダンディな人たちが多く、日本でサッカーが人気になる以前に『赤き血のイレブン』見てたんだろうなぁ感がある。

「キャプテン翼?そんなものにわかだろ、俺らの時代は赤き血のイレブンだったんだよなぁ」というガチ古参のサッカーファンって凄いんだろうなという感情は「光GENJ」や「たのきんトリオ」どころかタイガースやフォーリーブスを知っている世代のジャニオタ姉さんと似ているのかもしれない。

 

そして今の「Hey! Say! JUMPかっこいいよね」と言ってる女子もいつか光GENJIに熱狂していた母親世代になり、メッシとクリスティアーノ・ロナウドをリアルタイムで見ていた世代ですら昔話をするサッカーファンになる。

それは凄く良い事であり「自分の頃」のジャニーズを語る女性や、昔のサッカーを語る男性が存在することは非常に良い文化だともいえる。

 

似たような世代論で言えば仮面ライダー、ガンダム、ポケモン、そして最近ではプリキュアもそうなりつつある。

サッカーやジャニーズというのは「シリーズ続いているコンテンツの世代論」の代表格であり、「自分のころはこれだった」と語れる面白さがある。

例えば「私は『学校へいこう!』の頃のV6しかジャニーズでは興味ないけど三宅健と森田剛のどっちが好きかで盛り上がったし、実は岡田准一君ってそんな人気なかったけど最近活躍凄いよねぇ」って言ってる人がいてもいいし、「結局ごくせん2の頃の赤西仁と亀梨和也が一番ジャニーズでかっこよかったよね」って人がいてもいい。

 

それで言えば自分は「ロナウジーニョとジダンやベッカムは当時サッカーファンではないけど凄いと思ってたしKAT-TUNの赤西かっけぇと思ってたわ」という懐古感情がある。

ポケモンは「金銀厨嫌いだけど、金銀クリスタルは好きで俺はRS厨なんだよね」と思っていてガンダムは「SEEDと00最高だけど、AGE以降は語る価値もない」と思っていて仮面ライダーは「アギトは少し好きで、龍騎は神作品だけどそれ以外は興味ない」と思っていたりもする。

中島健人「結局龍騎なんだよなぁ、ナイトかっけぇ、あとやっぱ遊戯王のブルーアイズだよな」

 

そして恥ずかしいけどプリキュアはフレッシュ、ハートキャッチ、スマイル、ドキドキが好きでそれ以降のプリキュア熱は下がったが最近アラモードで福原遥が声優になったから復帰しようかなと思っていたりもする。

セクゾの菊池風磨がリアル妹の付き合いでプリキュア見てたけど、逆にガチ元プリオタとしてえりかとか、まこぴーとれいかさん好きなんだよねってキャラ名までしっかり覚えている自分がいる。

 

「俺ロニーやジズーに憧れてサッカーしてたけど、レオとかCR7みたいなあだ名は寒い」と思ってるサッカーファンもいれば、「大体プリキュア自体最近登場したものでセーラームーンかおジャ魔女ドレミで、ナージャは誰も覚えてない」という人もいる。

 

ガンダムオタクも最近では初代ガンダムやガンプラブームをリアルタイムで経験した世代が羨ましくなり、エクバ動物園やって人もいなくなり「種厨」や「アナザー厨」やそれを叩く人もいなくなりガンダムSEEDを持ち上げていたような民度の低いファンも少なくなりつつある。

ジャニーズも全盛期6人時代のKAT-TUNにハマってた世代や、それ以前に光GENJIでローラースケートが流行ったり東山紀之が東京の街中でジャニーさんにスカウトされて少年隊になっていったようなエピソードを知っている人も少なくなりつつある。

 

この雑談をまとめるとするならばいろんなコンテンツの治安や民度が良くなり、柄の悪い人も消えて、オタクもコアではなくなっていく寂しさへの批判なのかもしれない。

だから自分はこれからもレアル・マドリードを敵視し、アーセナルを小馬鹿にし続ける。