巨額のネイマールマネーを手にしたFCバルセロナは現在その代役を探し出そうと躍起になっている。しばらくの間はネイマールの不在を強く感じざるを得ないだろう、それだけセレソンの10番の影響力は絶大だったからだ。
しかしバルセロナというチームも、そしてそのサポーターであるバルセロニスタもこれからは"ネイマール基準"から脱却し新しくやってくる選手に同じクオリティを求めてはならない、そして求める事が良い未来を生み出すとも限らないだろう。
ネイマールの移籍は単に一人の選手が別のクラブへ移籍することを意味するだけでなく、サポーターにも大きな変化が求められる移籍だと言える。
ある意味でMSNトリオ時代の限界も見えていたのは事実であり、現実に昨シーズンのバルセロナはCLとリーガ・エスパニョーラのタイトルを逃している。このネイマールJR退団は新生バルサ誕生のきっかけになり得る、そのためにこれまで見慣れていた光景を基準にした要求をしないことも必要になっている。
これからのバルサは違う事をやろうとしている、その時にネイマールとの比較は二度と訪れることのない前時代への回帰を無意味に求める事に他ならない。
ブラジルの天才がやってたことを再現しようとしたら難しいのは当然であり、なおかつ結果も生み出さない。
チームの戦術自体を変更してネイマールが必要ないサッカーを模索するべきだろう。
クラブとしても完全なる後継者を探し出そうとしても見つかるはずはなく、サーポターとしても同じような選手を期待してはいけない。そして"ネイマール二世"を求めることがバルセロナにとって良いことだとも言えない。
ネイマールという選手は非常に傑出したクラックであり、同じ年齢の時を比較した場合あのロナウジーニョにすら匹敵する存在でもある。
彼にはバルセロナの左サイドとして理想的な三拍子が揃っていた。
1:得点力
近年のバルセロナの3トップには欧州の主要リーグで得点王を狙えるクラスの選手が配置されることが多かった。そもそも現代サッカーの潮流がサイドのプレイヤーに得点力を求めるようになっており、ネイマールは類稀なる得点センスがあった。
2:突破力
これに関しては言うまでもなくネイマールJR最大の強みである。
リオネル・メッシが以前ほど長距離のドリブル突破を控えるようになった現在において、ネイマールの圧倒的な突破力は大きな武器になっていた。同格クラブとの対戦や守備を固めたチーム相手には欠かせない打開力としてネイマールのドリブルが非常に効いていた。
これからメッシがドリブルをする機会が少なくなり、有力なドリブラーが現れていない中でネイマールの離脱は大きな痛手となる。
3:連携力
一見するとネイマールはエゴに走るプレイヤーのように思われがちだが、バルセロナに置いては非常に利他的な面もある選手だった。
突破力があるだけでなく得点力もあり、更に連携力もある選手というのは現代サッカーにおいてほとんど存在しないといっても過言ではない。
メッシ、スアレスという自分以上の存在がいるバルセロナという環境がそうさせていたのかもしれないが、非常に高い連携力を発揮しMSNの3人だけで完全に組織的な守備さえも突き崩す破壊力があった。
また連携力の一環としてオフザボールの動きも傑出していたため、自然と味方がパスを出しやすい場所に位置取りすることができていた。
ネイマールのサッカー人生は常に厳しくマークされていたため自然とチェックしている相手のマークをはずすわずかなポジショニング修正を行う。相手の選手が完全には追い切れないわずかなスペースでボールを貰い、そのあと突破していく光景は何度も見られたシーンだ。
サイドでの駆け引きが上手いだけでなく中央寄りのスペースにはいってきてプレーするのも上手い。
サイドで突破できない選手が中央に居場所を求めるわけではなく、ライン際とゴール前に近いエリアでも両方プレーできる上に、低い場所からの強力な打開力もあった。
ウィンガー的要素が強いがサイドが専門職という選手ではなく得点力も高く、上手い選手は何でもできるという典型例のような選手がネイマールだ。
更にヒールパスの使い方が絶妙なことも特筆すべきスキルであり、実戦的かつ有効な使い方は密集地帯におけるアクイセントにもなっていた。
非常に視野が広く単なるエゴイスティックなドリブラーではなく、空間認識能力の高さが連携力を支えていたと言える。
ウィンガーともいえない、サイドを主戦場とする現代型のアタッカーという表現が正しいのかもしれない。
「ネイマールというプレースタイル」を確立した唯一無二の名手だったため完全なる代役は間違いなく見つからない。
更にこの三拍子に加え、ネイマールにしかない要素が他にも存在する。
実質的に三拍子どころか六拍子とも言えるような破格の選手だった。
4:コミュニケーション能力
典型的ブラジル人とも言える陽気なネイマール・ジュニオールは多くの同僚から愛される選手であり、特にメッシから非常に気に入られていた。今回の退団に際してもリオネル・メッシが直々にインスタグラムで動画を上げるほど寵愛を受けていた。
FCバルセロナがグアルディオラ以降にもう一度新時代を迎えられたのは間違いなくネイマールの功績によるところが大きく、メッシ不在の時はエースとしてチームを率いていた。ピッチ外でのコミュニケーションに加え、ピッチ上での意思疎通も完璧だった。
バルセロナにおいて絶対的な存在であるメッシに気に入られることは実は軽視できない重要な要素であり、これからパスの供給者としての側面が強くなっていくメッシに一目置かれる存在であることは有利に働く。
5:相手をイラつかせる能力
冗談に聞こえるかもしれないがこれがネイマール最大の強みの一つであり、相手にフラストレーションを感じさせるスキルというのは非常に重要だと言える。
サッカーとは相手をイライラさせた方が有利であり、その挑発に乗ってしまえば負けるスポーツでもある。
相手をイライラさせること及び、自分はイライラせず何事にも動じないというのはサッカーにおいて欠かせない能力になる。
そういう意味でまさにネイマールJRは相手をイラつかせる天才だった。
相手のメンタル面のコンディションを崩すこともサッカーの戦術の一つであり、シミュレーション行為だけでなくありとあらゆる手段で相手を翻弄していた。
スペインリーグで何度かヒールリフトをすることが敬意を欠いていると話題になったが、それも含めてブラジル流のスタイルだったと言える。
6:魅せる能力
ネイマールは応援している立場の人間や、味方からすると非常に魅力的な選手であり楽しい存在だった。サッカー選手としてだけでなく人間としても面白く、そしてもちろんピッチ上でも魅力にあふれていた。
今回パリ・サンジェルマンがネイマールを獲得した理由としてアイドル的な商業価値を重視しているからだとも言われている。
ネイマールがまだサントスにいた時代に「アイドルであり、アーティストであり、達人である」と評されていたが一人のフットボーラーを超える象徴的人気があったことは間違いない。
実際日本でもネイマールは非常に人気であり、レアル・マドリードの11番とバルセロナの11番では知名度や人気に大きく差がある。
ほぼ同時期に加入した11番の選手の2人を比較するとガレス・ベイルはマドリディスタから一刻も早く退団してほしいと思われているが、ネイマールはバルセロニスタから惜しまれつつ退団した。
そういったサッカー選手としての要素以外の人気に加え、ピッチ上でも魅せるプレーは非常に多く見ていて楽しく、遊び心にあふれた選手だったことは事実だ。
現代サッカー界においてこれほど人を沸かせるファンタジスタは存在しないだろう。メッシやイニエスタですらプレーの華麗さや派手さではネイマールに及ばないかもしれない。
他にも探せばネイマールにしかない能力はいくらでもあるだろう、それほど才能や魅力にあふれた傑出した天才だった。
そんなもう二度と戻ってこない選手の退団を嘆いても仕方がない。
そしてこれらの要素を高い次元で兼ね備えている選手は移籍市場には見当たらない。
しかしそれでも新しいバルセロナの11番候補は存在する。
まず新加入選手に最優先で求めたいのが冒頭の三要素、すなわち得点力、突破力、連携力の3つになる。
具体名を挙げるとするならばユヴェントスのディバラかリヴァプールのコウチーニョが有力候補だろう。
コウチーニョに関してはほぼ決まりではないかと言われており、本職ストライカーでないにもかかわらずプレミアリーグで10得点を超えているというのは及第点だと言える。バルセロナの強力なパス供給者との連携を洗練させればその得点力はさらに開花する可能性がある。
ディバラに関しては今すぐではなく数年後の移籍が現実的かもしれないが、メッシへの憧れを公言しており実際にアルゼンチン代表でもチームメイトとしてプレーしているため、コミュニケーション能力の部分ではネイマール以上の存在になる可能性もある。
この2人がやや突出しているが他にも候補は存在する。
1:ウスマン・デンベレ
2:キリアン・ムバッペ
3:マルコ・ロイス
4:エデン・アザール
5:ディ・マリア
個人的な見解として最近よく取りざたされているデンベレとムバッペに関しては過大評価であると見ており、バルセロナのスタイルにも合わないため反対している。
ムバッペに関しては熱烈なクリスティアーノ・ロナウドのファンである事に加え、移籍金も高騰しすぎているため現実的ではないだろう。
デンベレに関してはまだ成長段階であり、過大評価の域を抜け出せていない。しかしネイマールもサントス時代は何度も過大評価の典型例だと言われていたため仮に獲得に成功したのであればサプライズを起こす可能性はある。
次にドイツ代表マルコ・ロイスは以前実際に獲得に動いた経緯がある。その時はMSNが絶対的であったため"第4のフォワード"になることを拒んだ結果移籍は実現しなかったと言われている。
今回バルセロナの移籍においてロイスに関する報道ほとんど見かけないが、今のタイミングならば悪い移籍ではないのではないだろうか。
ベルギー代表エデン・アザールはまさに理想的な補強だと言える。
少し前にレアル・マドリード行きが噂されていたが、ムバッペ獲得に傾いている状況ならばアザールの獲得は今が絶妙なチャンスかもしれない。こちらもチェルシー側が強硬な姿勢を貫いているが、このタイミングを逃せばもう二度とアザールの獲得は実現できないだろう。
得点力に関してもコウチーニョ以上であり、ドリブルはワールドクラス、南米選手でないためMSNの弱点であった移動距離の長さによる疲労も回避できる。
主力3選手が南米予選やコパ・アメリカに参加するということはバルセロナにとって大きな痛手となるため一人ヨーロッパ出身者がいるという事は隠れたメリットになる。
最後にアルゼンチン代表ディ・マリアは、以前から幾度となくバルセロナ行きが噂されておりもしかしたら今回のタイミングで遂に実現するかもしれない。
唯一の弱点は得点力不足だがそれはメッシやスアレスが補うはずだ。むしろその献身性や突破力、メッシとの相性の良さは得点力不足を補って余りある。
レアル・マドリードのデシマ達成に最も貢献した選手の一人であり、そのシーズンには欧州ベストイレブンに選ばれた実績がある。
しかしこれまでネイマールの代わりに誰かを補強するという前提で考えてきたが、補強しないという考え方もできるかもしれない。
例えば誰もが存在を忘れつつあるアルダ・トゥランやパコ・アルカセルのように有力な選手は既にバルセロナに存在する。
アルダ・トゥランはアトレティコ・マドリード時代の能力を取り戻すことに成功すれば十分な戦力になり得る。リーガ・エスパニョーラを制覇した全盛期のアトレティコ・マドリードで10番を務めていた選手だと考えればトゥランは過小評価できない。
実際にUEFAチャンピオンズリーグでも鮮烈な活躍をする試合があったため、攻撃的なポジションで継続的に起用すれば才能を開花させる可能性はある。
またバルセロニスタがまるで存在しないかのような前提で話しているパコ・アルカセルに関しても何らかの起用法を見つけ出せればブレイクの機会はあるだろう。
案外セルジ・ロベルトやラフィーニャのような便利屋選手に地味で献身的なことをやってもらうだけで機能することもあるかもしれない。
理想はかつてバルセロナに在籍していたペドロ・ロドリゲスのような選手だ。
時々ペドロがいた時代のバルセロナの映像を見ることがあるのだが、地味ながら非常に良い選手だという印象を感じる。
真にバルセロナに求められているのはMSNのような派手なユニットではなく、ペドロのような選手がチーム全体として連動することなのではないか。
バルセロナというチームは派手な前線を揃えて彼らに勝手に攻撃させて点を取るというチームではない。チーム全体として連動するというクライフが伝えたトータルフットボールの哲学に沿ったチームを作らなければならないはずだ。
実際にMSNトリオを中心とした指揮官ルイス・エンリケのスタイルは「前後分断サッカー」と揶揄されていた。徐々にポゼッションサッカーが時代遅れのものとなりつつある時代の変化があったことは事実だが、バルセロナの戦い方を見失っていたことは否めない。
そのバルサらしいスタイルの実現のために本当に必要なことは実は中盤の補強なのではないだろうか。
バルセロナの全盛期にはシャビ・エルナンデスとアンドレス・イニエスタというスペインサッカー史上最高の2人が存在した。そのシャビとイニエスタのコンビネーションはもはやメッシさえ必要とせずスペイン代表をワールドカップ制覇に導いた。
現代サッカーの潮流は変化していると言ってもやはり中盤がサッカーの核を成すことは変わっていない。
どうしても派手なフォワードにばかり目が行ってしまいがちだが本当に重要な場所は何なのかということも考えなければならないのではないか。
既にイニエスタは全盛期の輝きを失いつつあり、後継者の登場が切に求められている。また別のクラブへの挑戦も示唆しておりバルサの中盤は決定的な選手を欠くことになる可能性が高い。
ブスケツやラキティッチも同様の問題を抱えており、アンドレ・ゴメスやデニス・スアレスも期待に応えられていない。
またカンテラと呼ばれる育成組織からも有力な引き上げが実現できておらず、唯一セルジ・ロベルトが少しずつ定着してきているとしか言えない。
この現状に関してシャビ・エルナンデスは「バルサは眠っている、クラブを去ったカンテラーノと再契約する必要はない」と憤っており打開策は見えていない。
バルサにおけるシャビとイニエスタ後の時代に、中盤は未だに決定的な形を見つけられておらず迷走している。他のポジションで他のクラブに見劣りしたとしてもこのポジションだけは世界最高レベルの選手を揃えなければもはやそれはバルサではない。
その意味でアンドレス・イニエスタが自身の後継者かと聞かれて「そう思う」と答えたイタリア代表マルコ・ヴェラッティの存在は気がかりだ。ヴェラッティの移籍さえ実現すればこの停滞感は晴れていくだろう。
真に必要なのはネイマールの後継者ではなく、シャビやイニエスタの後継者なのではないか。次のネイマールを見つけてくればバルサが復活するだろうという幻想は不幸な結末しか生まないだろう。
バルセロナが今最も大きな問題を抱えており、これからよりその問題が深刻化していくのは中盤であるように思えてならない。
その最大のストロングポイントであるはずの中盤が瓦解しようとしている。
トリデンテの補強ばかり取り沙汰される様は見栄えが悪くなった屋根ばかり改築しようとして、腐敗しつつある屋台骨や柱からは目を背けているように映る。
フェルメーレンの退団とイニゴ・マルティネスの補強はその意味で明るい兆しだが、この後に肝心の中盤の大改革に踏み切れるかどうかが新生バルサの行く末を左右するだろう。
いよいよ開幕が8月20日に迫るリーガ・エスパニョーラ、新シーズンがどうなるか見てみよう。