現代の若者文化を象徴する人間は誰かと考えたときに、ガチでヒカキン説はあると思う。
どの時代も若者のカリスマみたいな人間がいる中で、今のこのリアルタイムの世代、それが誰かと言ったら誰もが納得するのはヒカキンしかいないのではないだろうか。
子供の夢がユーチューバーだと言われる時代に、その日本のネット界で一番有名なのは妥協案としてヒカキンが有力候補だ。
確かにいわゆるゆとり世代からさとり世代にかけた中で突出した人材がいないわけではない。
例えば大谷翔平、羽生結弦、藤井聡太は若い世代のアスリート三傑と言っても過言ではない。ただ問題なのが大谷選手にしても羽生選手にしてもどちらかと言えば上の世代から評価されている印象が強く、上の世代が望む「好印象な若者」として受けている側面が強い。
唯一、藤井聡太は今の若い世代から「等身大の若者」として若くても大人に対抗できるということに勇気づけられているように思う。
サッカーの場合は三浦知良、中田英寿、本田圭佑と続いた「尖(とん)がったキャラ」の系譜がどこまで続くかだろうか。柴崎岳が長谷部誠の引退によってキャプテンシーを持てるか、そして久保建英が新世代として続けるかにかかっている。
女性の場合も人材は豊富で、指原莉乃やきゃりーぱみゅぱみゅは1人のアーティストだけでなく様々なプロデュースに才能を発揮している。芦田愛菜と本田望結のような人材も存在している一方で、この2人は家庭の影響が大きい。
今後、ゆとり世代以上に家庭の影響で人生に大きな違いが出ていきそうだと自分は見ている。
アイドルの話で言えば指原莉乃が今回AKB総選挙でランクインした「なこみく」を育成しており、ゆとり世代がさとり世代に対してどれだけノウハウを提供できるか、というよりもさとり世代の事を理解できる世代がかろうじてゆとり世代しかいない程に教育改革や社会の風潮が様変わりしている。
ただ安室奈美恵に影響を受けた「アムラー」という人々がいたり、その安室奈美恵を育て上げた小室哲哉が存在していた時代とも異なっている。
ジャニーズもジャニー社長が高齢化して、メリー体制に移行してどうなっていくのかというのもあるし、例えば全盛期の木村拓哉や赤西仁が今から現れるかどうかは未知数だ。今後は長寿グループがずっと活躍し、近い世代の固定ファンに支えられながら、むしろ新しい世代を取り込んでいく流れになるのではないか。
更に言えば海外コンテンツとも勝負しなければならない時代に来ており、TWICEのミサモのように日本人が海外のチームで活躍するグローバル時代が来ている。
ジャニーズも、内需路線でいくのかそれとも海外展開を本格的に行うかが問われている過渡期にあるように思う。
明治維新のように社会の変革が大きく行われた時期にまでさかのぼることもなく、戦後は左右共に動乱の時代であり例のオウム真理教による騒動と共に幕を閉じた。
そこから始まった21世紀はホリエモンやひろゆきといった新世代の台頭の時代だったかもしれないが、もうホリエモンのような人材が世間を騒がせることはないだろう。
芸能界からも尖がった人材は消え、これをまさに「赤西仁無きジャニーズ」と自分は呼んでいる。
仮に赤西仁が今の時代にいたら、そもそもデビューできていないことは容易に想像がつくし人気も出ない。
オウムのように組織型の過激な物が消え、ホリエモンのようなお騒がせ者も表舞台からは姿を消し丸くなっている。そしてジャニーズには赤西仁が現れない。
そういった時代の波の結末として、ヒカキンが天下を取っている時代に生きている。
きゃりーぱみゅぱみゅですら尖がっていて、藤田ニコルぐらい計算高くないと今のSNS社会では上手くやっていけない。オリエンタルラジオの中田敦彦がダウンタウン超えるというような雰囲気を出した途端、勢いを無くしていったように、今の時代きゃりーぱみゅぱみゅ程の尖り具合でも受けない。
それよりはいろんな方面に気配りができて、上の世代からも好印象に思われ、世論を巧く操作し、後輩からも慕われる指原莉乃のような人材の方が生き残れる。
アーティスティックな才能と、自分の信念に全振りをするような天才タイプというのは今日日上手くいかず、どちらかというと世渡り能力が重視される。
ヒカキンが生き残ったのは結局のところ「子供に見せて健全」という保護者世代から支持を得たことでもあるように思う。ヒカキンの才能というのは何よりも「努力」と「気遣い」であり、どの方面も傷つけないし敵を作らない。他のユーチューバーが何かをするたびにヒカキンの評価が相対的に上がるという構図は見事だ。
ヒカキン本人もボイスパーカッションをしていた時代と比べてスタイルが変化したことを認めているが、ダーウィン理論で言うところの「変化できる物が強い」というのをまさに体現している。
要するにヒカキンは凄い、時代に合わせて変化できるし努力量が尋常ではない。
一見中身の無いことをしているように見えて、実は凝ったことをして毎日工夫している。あれほどユーチューバーであることに人生を捧げファンを大切にしている人もいないだろうし、子供とその保護者の身に立って考えることができる。
そしてそもそも「ユーチューバー」という概念が存在すらしていない時代から、いろいろと動画投稿を試して暮らしていた。それがいつの間にか「ヒカキン」という個人であり、ジャンルとコンテンツになった。
もし今の時代に必要な才能があるとするならばこういった裏方能力にあるのかもしれない。