elken’s blog

ジャニーズとサッカーを中心にあらゆることを評論するブログ

永瀬廉はジャニーズとしての才能が半端無い

ジャニーズであるためには、ジャニーズとしての才能が無ければならない。

それは具体的にどうこう説明するものというよりも、とにかく「ジャニーズ」でなければならないとしか言いようがない曖昧なものだ。

 

抜群のルックスを持っていればいいかというと、それだけではジャニーズになれないし歌唱力が高いからといってそれもジャニーズであることを意味しない。

なぜだかわからないがジャニーズには、ジャニーズ特有の特殊な能力や雰囲気が必要なのである。

 

それは例えば、スポーツのサッカーでいえば身体能力が高い選手が良いとは限らないし、単純にリフティングのようなボール扱いが上手いからと言っていい選手とは限らないのと同じ理屈だ。

サッカーをわかっている「サッカー脳」のような物が必要とされる。

 

その意味でいえば、King & Princeの永瀬廉にはその才能があるように思う。

すなわち、ジャニーズ特有の才能や雰囲気のような物がある。

仮に永瀬廉がモデルや俳優として通用するかと言えばそれは回答に戸惑うが、ジャニーズとして通用するかと言えばそれは即答できる。

現に永瀬廉はジャニーズJr.屈指の人気を誇っており、次世代のジャニーズを担うエースだ。

 

永瀬廉の何がそこまで人を引き付けるかと言えば、それは抽象的だが「モテそうな感じ」だろうか。

こういう奴が結局一番モテるというような雰囲気が永瀬廉にはある、中々説明しにくいような不思議な魅力があるのかもしれない。

 

永瀬廉

永瀬廉について自分が一番評価しているのは、その歌唱力や声質にある。

もっと厳密にいうならば、声が非常に色っぽくこれは間違いなく彼の才能そのものだ。歌というのは結局のところ技術が高いかどうかはもちろんとして、最終的に行き着くのは声が好みであるかどうかにあると思う。

 

永瀬廉の声というのはセクシーというか、しっとりしているというか、聞きこんでしまうような良さがある。

世界観に誘う、あるいは世界観を再現する、その能力に長けている。

いや、それほど美化するものではないかもしれない。

とにかくもうこれは生まれ持った才能であり、努力という概念を超越する。

良い声だからかっこいいとしか言いようがないし、才能があるから普段の素行や正確についても許せてしまう。

 

むしろ最近のジャニーズは従来のジャニーズに比べて、性格が重視されるような傾向になっているしメンバーの仲も重視されるようになっている。

不良がモテない時代と言われているが、イキッったりトガったりしている「かっこつけ系」のジャニーズは今の時代もはや絶滅危惧種になろうとしている。

そういう意味で永瀬廉は今風でありながら、ジャニーズらしい伝統をも併せ持つタイプだと言えるかもしれない。

やはりジャニーズというのはかっこつけてナンボであり、自分が世界で一番かっこいいと思っている勘違いナルシストなぐらいが良い。

山田涼介や中島健人がナルシストであることを自覚しながら、それでもナルシストを貫くタイプならば、永瀬廉は自覚のないナルシストとも言えるだろうか。

思春期や青春期のような、素でイキッってかっこつけているタイプだ。

 

とにかくかっこつけたくて仕方がないし自分がかっこよくて好きだと信じきる事、これが何よりもジャニーズの才能でありファンはそういった姿を見たがっている。

そしてそれがいざ大きな舞台になると、それはオーラになる。

疑いようも無く自分がかっこいいと思い、ためらいも無くかっこつけたり、時にはすかしたりする。

そして実際にモテるからこそ、更に磨きがかかるという好循環が男を輝かせる。

永瀬廉には今まさにそのようなオーラがある。

とにかくかっこよく、ジャニーズとしての天性の才能があり、伝統を受け継いでいる。

山下智久や亀梨和也が全盛期だった時代の、森田剛や松本潤が頭角を現し始めたころのジャニーズがまるで現代に現れたかのような存在だ。

もし最近のジャニーズにはジャニーズらしさが足りないのではないかと思うのであれば、永瀬廉の名を知ることは決して損ではない。