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elken’s blog

ジャニーズとサッカーを中心にあらゆることを評論するブログ

銃剣道よりフットサルを授業にとりいれるべきではないか

新学習指導要領で中学の体育授業に銃剣道が付け加えられることが決まった。

この決定についてはさまざまな賛否両論が飛び交って、激論が交わされている。

そもそも銃剣道というのは軍隊の銃剣術をスポーツ化、武道化させた競技であり国体にも採用されている。ただ一般的にはメジャーでなく今回の決定で初めて銃剣道という存在を知ったという人も多い。また国体のほとんども自衛隊出身者で占められており一般的に普及している競技とは言えないのも事実だ。

 

個人的には決して反対ではない。

そもそも銃剣道の経験者を個人的に知っているため、銃剣道の存在自体は知っていたし特に抵抗もなく採用したんだと威程度にしか思っておらずなぜ反対されているのかは不思議である。

 

旧日本軍の銃剣術から発生した武道であることは間違いないが、最近では軍隊のイメージにとらわれない競技として関係者も普及に努めており、また実際の銃剣術とは異なっており実戦的なものではないと言われている。

決して本物の銃剣術を訓練させて軍事技術を教え込もうというものではない。

更に「銃剣で相手を倒すための技術」という批判も意味不明であり、そんなことを言えば剣道だって刀で相手を倒すために培われてきた武術の一種である。

近世の武術と近代の武術かの違いであり、剣道は認めるのに銃剣道を認めないというのは不思議というか軍事アレルギーでしかないのかなとしか思わない。

更に自分が中学時代に銃剣道があればかっこいいと思って銃剣道を選んでいたであろうし、銃剣道にそんな変なイメージを持ってる思想的に偏った中学生などそちらの方が問題である。中学生が普通にFPSのような銃を使ったゲームにはまっている時代に、「子供たちに武器に使用を教えるなんて時代錯誤だ」ということのほうが軍事アレルギーに思える。

 

しかし「別にわざわざ銃剣道教える必要なくないか?」というのも同時にある。

既に剣道が採用されているなら剣道で十分であるし、反対ではないけど積極的に賛成しようとも思わない。指導者が少ないし新しい武具も必要になる。それらをどうやってそろえるのかという問題もあるため、実際に実施される学校はほとんどないだろう。

問題視する以前にほとんどの学校が実際には行わず学習指導要領に乗ってる形式だけの存在でしかないように思う。

銃剣道側としてはこういう競技があるんだという事が知れ渡ったことと「授業でも採用されてる」「国体で行われている」という肩書が欲しかっただけでありそこまで授業で全国的にやることは想定していないだろう。

現実的に考えて銃剣道が中学の授業で定着するとは思わない。

 

それよりはむしろちゃんとどこの学校でも行えるスポーツを採用するべきだったのではないかと思う。たとえば自分が最も推しているのがフットサルである。

フットサルは今や社会人や女性の競技者も多く競技人口も多い。有料のフットサルコートなどもあり社会人や大学生などにとって親しみやすい運動の機会になっている。

サッカーという世界的にメジャーな競技を強化することのメリットは言うまでもなく、実際ブラジルなどはフットサル出身者の選手が非常に多い。現役ブラジル代表でもネイマールコウチーニョなどはフットサル出身者である。

 

このフットサルのメリットは少人数でサッカーができるというところにある。

学校のサッカーというのは往々にして大人数でまとめて行われることが多く、ボールに触れられない生徒も多数存在しており経験者やサッカー部などが有利になっておりこの部分で授業のサッカーはヘイトを集めている。

 

また雨の日にはできないという事もあり、フットサルを授業でもっと積極的に取り入れていくことのメリットは計り知れない。

本来ならば育成年代のサッカーというのはなるべくボールに触れさせて楽しめるようにするため人数を制限することが重要であり、フットサルはそのために大きな役割を果たす。

 

授業のサッカーはクラスがごちゃごちゃになり全員でやり団子サッカーのようなサッカーとして成立していないような状況になりやすい。実質的にその試合に参加していないような生徒も存在するし、上手い人だけの独擅場になってしまう。

 

それよりはレベルごとに分けて少人数でサッカーをすることのほうがサッカーの楽しみに目覚めやすい。運動神経のいいグループは運動神経のいいグループにわけて、運動が苦手な人は運動が苦手な人にグループを分けて試合をする。この簡単な配慮が今の日本の体育では行われておらずそれゆえに体育嫌いや運動嫌いという生徒が発生する。

何もみんな心の底から運動が嫌いなわけではなく、体育の授業で嫌な思いをしたり疎外感を感じるうちに体育を嫌いになっていくのだ。

それゆえにレベルごとに分けて自分に合った成長スピードでプレーをすることが求められる。

体育が楽しくて仕方がなくサッカーをしたい人は上のレベルで思う存分にやって、苦手な人やサッカーは何をすればいいのかわからない人は基本的なことから同じぐらいのレベルの仲間とやるというシステムづくりが必要になってくる。その意味でまさにフットサルは適任であるしもっと授業に取り入れられていくべきであるように思う。

 

日本の義務教育はいろんな種類の生徒を1つのやり方だけで指導するという考えで時代が止まっている。それぞれに合ったカリキュラムという考え方がまだ普及しておらずそれゆえに様々な問題が生じている。

これから少子高齢化の成り子供の数が減っていく時代に、かつてのような量産型の画一的な教育は通じなくなっていくだろう。量より質を考えた教育方針が求められる。