elken’s blog

ジャニーズとサッカーを中心にあらゆることを評論するブログ

嫌われないようにする事はとても疲れることだよ

時々人生論語りたくなる衝動がやってくるので、よくありがちな「嫌われる事」に対する哲学を語ってみたい。

 

嫌われる勇気だとか、嫌われる人が上手く行くだとかそういう話はよく聞く。

今の時代、第三者からの評価というものは自分を判断するための指標として欠かせないものになっている。

それどころかその傾向が行き過ぎて、もはや数値化される世の中になっている。

 

基本的に万人から好かれる人などいるわけが無く、好きだという感情自体複雑でよくわからない。

現代科学をもってしてでも解明できない「感情」というものについて、凡人の我々が悩んだところで仕方がない。

そもそも好きか嫌いかなんて曖昧でどうしようもないという前提から入らなければならない。

 

感情の秘密についてはノーベル賞を取ってきた歴代の科学者ですら解明できないのだから、普通の人間が分からなくても当然極まりない。

歴史上これ以上の天才は存在しないと言う人ですら感情については説明できたためしがない。

仮にアインシュタイン、ダ・ヴィンチ、ノイマン、ガウス、アリストテレス、ロンメル、モーツァルト、ボビー・フィッシャーと格分野のトップクラスの天才をここに全盛期の状態で出現させ議論してもらったとしても答えは出ないだろう。

 

それほど感情というものは未知の物であり、そこに左右されるということはなんら恥ずかしい事ではない。自然現象に人類が逆らえないのと同じで、結局のところ感情には抗えない。

スポーツ選手が筋肉やスタミナのようなフィジカルの調子と向き合わなければならないように、個人もまた感情という問題と向き合わなければならないし、それは完全にコントロールできるものではない。

 

まず大前提として現代人はあらゆることに労力を使いすぎている。

ただでさえいろんなことを気にして生きていかなければならない時代に、特に「嫌われないようにする事」への投資労力は冷静に考えて割に合わない。

人はどれだけ好印象を持たれる事、そして嫌われないことに対して過酷なエネルギー投資を行っているのだろう。

発電にかかるエネルギーで人類どれだけ消費してるんだよみたいな話で、現代人は「好印象」という発電にエネルギーを使い過ぎている。

 

前世紀にはエネルギーをありったけ使うことが許されていたが今は省エネの時代になっている。しかしその反動で今度は好印象という資源を獲得するために人は莫大なエネルギーを使っている。

 

天然資源が枯渇していく時代に、ある意味で感情というのは無尽蔵の資源である。

人類最後のフロンティアは感情であり、人々がその最後の桃源郷を求めることは必然だ。

 

しかしここまで努力してもそれは結局のところ無為に終わるという虚しさが存在する。

自然を犠牲にしてきた近代的な開発の末路が現代であるように、感情を求める開発というものも限界に直面しようとしている。


そもそも嫌われないようにする以前に、他人はお互い自分にそこまで興味がない。

嫌われる以前の問題なのでそこまで気にする必要はないと開き直ることも出来る。

 

嫌われないようにするという事に必要なエネルギーは莫大である割に、嫌われる時は一瞬で儚く終わる。

気に入られようとする努力がいつしか、嫌われないようにするという防衛的な物に変わった時、それは瓦解する運命にある。
嫌な部分を見ても去っていかない人だけが本物であって、それは「坊主で野球辞めるような奴はどうせ他の理由でも辞めていく」みたいな理論とも似ている。

ちなみにそうは言っておきながらも、自分は甲子園の実質的な同調圧力による坊主強制に反対しているというダブスタである。

 

とにかく好印象というのは「維持費」とでも表現していい物が必要であり、ランニングコストとしてかかるものが無期限に存在する。

もちろん印象が良いと言う事は大きなメリットをもたらすときもある。

基本的に今の時代「良い人」が世間的に求められているし、それだけ嫌な人が現実には多いのだろう。

自分自身、本当に良い人に会えたことなど片手で数えるぐらいしかいないし、嫌な人は両手では数え足りない。

でもそれが普通の事なのかもしれないし、良い人というものは絶滅危惧種のような存在だ。

だから世の中に基本的に期待してはいけない。

 

その一方で、良い人であることが求められる世界というのも脆い。

なぜならば良い人だからと言って優秀であるとは限らないからだ。

どれだけ嫌な奴であっても自分と協力すれば大きなことができる人ならば、その人は自分にとっては最大の仲間となる。

いくら良い人であっても何もできないならば前に進むことはできず、現状を肯定し合うだけで終わる。

良い人かどうかで判断する時代は終わっていて、嫌いな人でも補完し合える関係であれば協力し合うという時代になっているのではないか。

イギリスもソ連の事が好きで同盟を組んだわけではなかった。

しかしその大嫌いなソ連と組んで、もっと嫌いなドイツに勝って第二次世界大戦に勝利した。

ヒトラーという最大級に嫌いな人に勝つには、ちょっとだけ嫌いなスターリンと協力するということをチャーチルは選んだ、そして勝ち残った。

 

嫌われない事に尽力することはコスパが悪い。

むしろ嫌われることの方が実は得をするし、嫌われるほど捨てていたはずの好印象を得ることができる。

ちなみにこのことを日本人、しかも女性で実現している人がいる。

一見すると歴史の大きな出来事のように思えるが、実は日常の中で良く見かける光景だ。

誰だかわかるだろうか?

連日テレビで見かけるあの女性アイドルだ。

指原莉乃という響きだったような気がするが、気のせいだろうか。