中国父さん、団体競技は"3人まで"が限界の模様
以前スポーツ評論記事で「集団主義の日本が個人競技で強く、個人主義のフランスが団体競技で強いのは不思議ですね」みたいなフランス人の記事を読んだことがある。
そのフランスの記者は日本を下げる意図で行ったわけではなく、お互い学ぶヒントがあるのではという論調だったことを覚えている。
ところで今回の東京五輪、金メダル獲得数2位の中華人民共和国の内訳を見てみるとものの見事に個人競技しかない。
ある種、最も個人という概念が強く、同時に最も個人が否定されている国でもある。自由民主主義の国ではないので国家の前で個人は無力だ(これはどの国でも言えることだが中国の場合は特に)
ウェイトリフティングで稼いでいるところが共産圏っぽく、夏季五輪の花形である陸上と競泳で圧倒的に1位のアメリカに差をつけられているところにボロが出ているというかカラクリが見える。順位表のことしか考えていない計画された社会主義的強化だ。
そして何より団体競技が皆無だ。
卓球ダブルスと3人制バスケでしか取れていない。
ちなみに日本は半分個人競技のようなものでマイナー競技とはいえ野球ソフトでアベック優勝、そして何より女子バスケ銀という快挙だ。おまけに中国お家芸卓球ダブルスでも金を獲っている。
アメリカはもっと凄まじく、女子サッカーで銅、野球ソフトで男女銀、そしてバスケでアベック優勝
バレー、ビーチバレーでも金
そして陸上競泳で30個ずつほど荒稼ぎしまくっている。中国は一桁だ。
陸上競泳は大昔から毎大会必ずあるのでこの点は大会ごとにしかないマイナー競技より評価できる。
アメリカは言葉は適切ではないが"ちゃんとした"競技で団体個人問わず満遍なく順当にメダルをとっている所に、真のスポーツ大国である所以が現れているように思う。
団体競技は正直、選手一人ずつに与えてもいいほどだ。全員とまで言わなくとも、スタメンの人数分で加算しなければ不公平感はある。例えばサッカーであれば11個、バスケであれば5個、実質それぐらい価値がある。この方式であればアメリカはもっと中国を突き放すことになる(この方式にすれば狙い目の野球は一気に人気スポーツとなるだろう)。エリート育成の個人競技で無理してアメリカに並んでいるところは、核戦力でなんとか旧ソ連が冷戦で対等な振りをしていたところと重なる。
極論ではあるがやっぱりサッカーとバスケ、テニス強い国はかっこよくて、ダサい国はかっこ悪いと改めて思った自分がいる。
女子バスケ銀、男子サッカー4位はかっこいい。つくづくサッカーでメダルとれなかったことが悔やまれし、サッカーのメダルあるだけで見栄えが全然違う。
ブラジル金、スペイン銀、メキシコ銅という並びかっこよすぎるだろう?
ここに日本が入ってたらめちゃくちゃかっこよかっただろうなぁ笑
北京五輪の時、他競技では一切メダル取れなかったアルゼンチンがバスケで銅、サッカーで金取って帰っていったのはかっこよすぎる。
自国開催で初めてアメリカを抜いて一位になった中国のメダルは誰も覚えていないが、メッシがリケルメと金獲ったことは今でも語られる。あるいはウサイン・ボルトのジャマイカの金のように。
抽象的な個人の感想だと言われればそれまでだが結局"かっこよさ"なのよ。
中国人は負け惜しみだとか小国のやっかみというだろうけど、その世界中の小国たちは積み上げられた中国のメダル数を見て凄いと思うどころか冷戦感覚でまだ国威発揚やってんなぁとか、どうせマイナー競技や国家のエリート養成で個人がロボットのようにスポーツやってんだろうなぁという負のイメージしか持たないわけだ。雑技団的な凄さであってそこに人間味を感じない。
ちなみに夏季五輪累計メダル獲得数を見ると、未だに怪しい東欧の国々が上位であっ・・・(察し)と闇の深さを感じることができる。
今では上位に入れない国々がなぜか入っている不思議な現象がおきているのだ。中国のメダルも後で取り消されるものが紛れている可能性は否定できない。
特に中国の場合団体競技で弱いというのが、真に根付いたスポーツ文化は発展しておらず集団行動苦手で個人のエゴしかないように思われる要因となっている。
先進国はどこも団体競技得意なのに、中国だけ苦手じゃんと嘲笑されるわけだ。
おまけに卓球で日本人選手に誹謗中傷しまくってたところも超大国としての器の広さがなく「アメリカ人はそんなことしないんだよなぁ」と比較される要因となっている。
しかもアメリカは中国より先に既にサッカー大国になり始めている。元々ワールドカップ最高成績3位だし、現代でも16強はちょくちょく行っている中堅国だったが最近の躍進は凄まじく様々なルーツの選手が台頭する「ネクストベルギー」となりFIFAランク10位入りを果たした。
しかも2026年ワールドカップ開催国である。
中国は2034年の開催で圧倒的国力を見せつける気でいるが「きっとその時も弱いんだろうなぁ」というところにダサさがある。サッカーやメジャー球技が弱い国はいくら発展していてもやっぱりダサい。
日本が経済力でまだ衰退していなかった頃、劣っているはずの後進国がサッカー強いだけでかっこよく見ていたわけだ。フランスワールドカップの時、同じ組のアルゼンチンに畏怖の念を持っていた。デフォルトばかりやっている国なのに笑
イタリアやスペインだって怠け者の国だけど、効率の悪い働き者の日本人より楽しく暮らしててかっこよくてサッカーも球技もつえぇなぁと。スペインは今回たった22位だけど、サッカーの銀とテニスだけでかっこよく見える。そういう差なのよ、国家のイメージというのは。
これ日本が男子サッカーでメダル獲ってさえいれば中国の莫大なメダルにマウント取れたと思うとほんと惜しい笑
中国さんメダル多いみたいですけどうちらサッカーでメダルっすの一言で中国人が羨むというね。
「サッカーなんて途上国が強いだけ!」とか日本人でもいう野球ファンとかいるけどそれこそ惨めな言い訳ややっかみにしか聞こえないわけだ。
ドイツ、イギリス、フランス、オランダ、イタリア、アメリカ、ベルギー、デンマーク、日本、謎の後進国認定
ちなみに野球は未だに亡命人が多いキューバ、もはや国とも言えないプエルトリコ、独裁のベネズエラなどご立派な先進国がお強い様子で。
しかも日本の労働生産性って全然働いてないイタリアと同レベルで、一人あたりの購買力GDP世界30位の国というのが現実だ。
サッカーは後進国が強いだけ、と言うけどその後進国より貧しいのが日本なのでもうその主張は恥ずかしい。更に同じ野球強国の韓国は日本並みにブラックパワハラ労働プラス超学歴社会である。
というかもはや日本はサッカーでやっかむほどではなく最新FIFAランクだと世界24位の強国だ。
サッカーというのは良くも悪くももっと人間性がある国でなければ強くはならないことがわかる。
もちろん悪い意味でもだが、より人間的であり幸福を追求しているか、そういう人生観が問われるわけだ。
その感覚がわからなければ中国は永遠にサッカーでは蚊帳の外で、五輪のメダルのときだけカラクリだらけの数値でイキる国であり続けるだろう。卓球水谷隼がラケット不正と戦っているようにお家芸の卓球ですら仕掛けがある。
決してマイナースポーツを軽んじているわけではない。マイナースポーツでも日本やアメリカ、ドイツのように個人が好きでやっているのであればいいが、中国の場合はどうしても東側的な国家プロジェクトのように感じてしまうため国力に見合った尊敬を得られていないわけだ。ましてコロナでスポーツ自体をめちゃくちゃにしてしまった張本人だというのが世界の見方だ。
マインドの部分で先進国、あるいは幸福度が高く個人が自由な国にならなければサッカーでは強くなれない。サッカーが弱い国は永遠にダサい扱いなわけだ、経済大国時代の日本ですらブラジルにサッカーが苦手なことを笑われていた。たかがただのたま蹴りといういうが、遊びすら上手くやれない奴が男子の間でつまらないガリ勉や真面目なお坊ちゃんと笑われること同じである。
中国人が我々のメダルを全部差し出すからサッカーとテニスのメダルくださいとスペイン人にお願いしても、絶対にスペイン人は応じないだろう。99%のスペイン人が断る。
言いたいのはこの格の差だ、そしてそれが大きい。
日本もあと少しでその貴重なメダルが取れたのにというのが本当に悔やまれる。つくづく獲らないといけないメダルだった。
万が一、金か銀だったらどれほどかっこよかったことか。
まさにこの価値のことを言いたいわけだ。
とはいえ女子バスケが銀を取ってくれたのは本当に偉業で日本が真のスポーツ先進国であるという格を示してくれたし、フランス破ったというのもかっこいい。
まぁ来年の冬季北京五輪、開催式と閉会式で圧倒的にマウント取られるのは明白なのだが笑
今から中国父さんに再教育されるのが恐ろしくて仕方がない。格の違いをここぞとばかり見せつけてくるだろう。ドローンは東京の十倍使いそうだ。というか東京のあとにやれば大半の国がマシに見えるだろう笑
ついでに韓国人が我々は伝統だとも思ってない不気味な人面鳥だったのに、と自虐するに100ウォン
本当に現場の人間は優秀だが上の運営は世界最低レベルなのが、悲しいかな、日本の恥ずかしい部分だ。中国の独裁はある意味優秀で、こういうのは絶対に上手くやる。ただそれは偽りの華やかさでスポーツというのは生きた人間が心からするものだ。
日本も高度経済成長期は欧米に血が通っていないエコノミックアニマルと言われたもので、今の先進諸国が中国をそう見ることと同様だろう。中国人からすれば、だから何?我々は進む、という思いだろう。発展する国に人間味がないというのも、発展した国からするとそうあってほしい、我々はあんな奴らと違い人間味はある、という傲慢や嫉妬ではある。
とはいえ、中国人がサッカーでは強くなれないこと、スペイン人がメダル交換に応じないことに気付かされる部分もある。
日本人はどちらかというとそういう後者の幸福を追求する段階に差し掛かっている。これは日本人が経済発展の荒波で追求することを疎かにしてきた反省でもあるのではないだろうか。