「男性がデート代を払うべき(してほしい)」と主張して炎上した深田えいみと大島麻衣だが、この二人はあくまで個人的に彼女らが男性とデートする時に相手がデート代を払ってほしいという主張であれば問題が無かった。
お二方はお金を払ってでも食事に行きたいと思う男性はいくらでもいるだろうからだ。
ただ主語を大きくして「世の男性は」と言ったことで問題になった。
これはまるで女性だけがメイクや洋服代を多く負担しているかのように思えるが、ではマッチングアプリや婚活パーティーはなぜ女性が無料か安いかで、男性ばかり高額の負担なのだろうか?
深田えいみも大島麻衣も美人の女性といういくらでも異性の男を選り好みして会える恋愛強者の立場だから気づかないかもしれないが、世の男性はただ女性とあって話すだけでも財力とコミュ力が女性より多く必要なほど苦労している。
この他にも男性だけが負担していたり高く料金が発生する場面は多くあるのだが、それを言うと男としてみっともないとか器が小さいとか言われるのでわざわざ言わないわけだ。大島麻衣が女性はこれだけメイクや洋服に女性はお金を使ってるのよ、みたいに主張しない。武士は食わねど高楊枝、これが男の精神だから女性はそこに気づかない。
その大島麻衣さんが「男性が食事代を出さなければ私はデートとみなさない」というステージに立つためにまず男性がそこまでどれだけ努力しているか。懸命に働いて、コミュ力もルックスも磨き、積極的に話して厳しい競争率の中でやっと、ただ受け身で待っているだけの女性を接待しているんだよ、世の男は。
そういった男性の女性の目には見えない負担も無くすべきだと主張した上で、女性の負担も無くしてほしいというのであれば賛同を受けただろう。
だが現実は「女性だけが苦労している、女性の負担だけを無くしてくれ」という主張だったので、所詮選ぶ側の今だから言える我儘なんだなとしか受け止められなかったわけである。
こういった性別全体で女性の負担を無くせという主張、それは女性ゆえの特権恩恵を捨てた上で、男性の負担も無くしていこうという相互の主張にならない限り決して受け入れられることはないだろう。
そもそも女性が気づかないだけで、わざわざ男性がみっともなくメソメソと言わないだけで同じくらい男女はお互い払っている、その紳士協定に気づいてこそイコールな愛では無いか?笑
大島麻衣は「食事代を出されなければ私はデートとしてみなさず、ただの食事だと考える」というが、本来デートとは互いを好きな男女同士が食事代を出し合って同じ場所にいるだけでもただの食事が特別な空間になるときめく場なはずのことをいう。
もてなされることばかりを考えていれば確かにまあ奢られなければデートではないだろう。
深田えいみとか大島麻衣みたいにメイク代を理由に男は奢ってほしいという女性達はまずメイクのお陰で付き合う男や周囲の男のレベルが上がってる時点でメイク代の効果は得られてる。メイクなかったら相手の男の容姿や財力などがもう2,3段階落ちて、天然美人や若い子にボロ負けする運命でしかない
— エルケンティキタカ (@Elkenty11) 2023年2月26日